しかし、二元論は学者には評判がよくありません(現在ではほぼ否定されているといってよい)。現代アメリカの哲学者であるダニエル・デネットは二元論を「デカルト劇場」と呼んで批判しています4(1)

脳のなかにデカルト劇場という《社長室》があり、そこに“ホムンクルス5”という名の《社長》がいて、外部や身体内部からの情報を見たり聞いたりしている、というモデルです。それならホムンクルス《社長》の心はどうなっているのだ?と、議論はロシアの「マトリョーシカ人形」のように際限なく「その頭のなかはどうなっている?」と繰り返され、「無限後退」してしまうとデネットは批判します。

「脳とは別の実体」などは存在せず、心とは脳の神経細胞の活動そのものであるとの考え方が「心脳一元論」です。現代の心脳論の研究者(神経科学者、コンピュータ工学者、哲学者など)のうち大多数は一元論者といってよいでしょう。

意識の神経科学では、クリストフ・コッホとフランシス・クリック(DNAの二重らせん構造の発見者)が「意識に相関する、、、、神経活動(NCC:neural correlates of consciousness)」(2)を明らかにすれば、そこが『意識が局在する場所』」だと主張しています。視覚の研究ではNCCの解明が進んでいます。

視覚と意識の関係を研究しているフランスのスタニスラス・ドゥアンヌは、後頭葉に発した神経活動が前頭葉と頭頂葉の皮質に伝わり、大脳全体の細胞群(グローバル・ワークスペース)が同期して活動すると「視覚体験」という意識が生まれると述べています(3)

痛みの知覚はペインマトリックスと「関連性が高い」ことはわかってきました。それでは、ペインマトリックスが痛みのNCCなのか? あるいはペインマトリックスの神経活動を受けて「痛みを体験している」神経細胞(群)が別に存在しているのか? デカルトの松果体説は神経科学の知見から見て、やはり誤りでした。