脳の機能局在の研究は1990年以後、機能的脳画像装置が開発されて急速に進みました。現在、最も多用されている機能的脳画像装置はfMRI(機能的核磁気共鳴画像)です(1)。fMRIは備品と解析ソフトウェアを含めるととても高額な機器であり、検査が健康保険の適応になっておらず、測定に長時間がかかるので、今のところ大学病院や大きな研究機関にしかありません。
このfMRIを使った脳の機能解明の研究が世界中から報告されています。fMRIにより、それまでに動物実験や臨床経験から解明されてきた上記の事実、すなわち痛みを知覚している人では辺縁系、島、視床、視床下部、体性感覚野などが活性化することが確認されました(1)。
痛みに相関して活動する脳の領域を「ペインマトリックス(痛み関連領域、ペインネットワークともいう)」といいます。痛みはペインマトリックスという《部長会議、総合管理者会議》の結果として生み出されるのです。
さらにfMRIにより、動物実験研究ではあまり痛みと関係していないと思われていた、後帯状回、頭頂葉(楔前部)など“安静時の脳機能を司る部門(デフォルトモード・ネットワーク)”や、前頭葉の補足運動野、大脳基底核、小脳などの、“姿勢と運動を担当する部門”も痛みの知覚と相関することがわかってきました〔図3〕。
では、「つくり出された痛み」を感じている私たちの“心”は脳のどこにあるのでしょうか? 私たちの体を支配している(と感じている)《社長》はどこにいるのでしょう? 私たちは「ひとつの心」をもっていると感じています。次章では痛みとも深い関係のある、この「悩ましい問題」に対する研究をご紹介します。
本章のまとめ
▪体組織は侵害刺激を感覚受容器が感知し電気信号に変換し、末梢神経を通る感覚神経線維によって脊髄に伝えます。脊髄では警報の大きさ、範囲、時間的な長さなどを調整します。脊髄からは次の神経線維で脳幹に情報が伝わり、脳幹からは脳に伝わります。
▪会社にたとえれば、体組織は《事業所》、侵害刺激は《災害》、侵害感覚受容器は《災害警報センサー》、感覚神経線維は《通信ケーブル》、脊髄は《支社》、脊髄での調整は《支社会議》、脊髄から脳への情報は《本社への伝達》です。
▪脳幹と大脳は《本社》、脳幹と視床下部は《総務、財務、危機管理部》、辺縁系は《情動処理部》、視床外側部、島、体性感覚野は《感覚処理部》、そして前頭前野は《認知担当部》にたとえることができます。
▪大脳皮質は《部長》のようなものです。痛みを専門的に処理する《部》の集合体をペインマトリックス(痛み関連領域)といいます。痛みはペインマトリックスの神経活動により「生み出されて」います。こうした「痛みのしくみ」を理解することは、痛みの治療を受ける患者さんにとってとても重要なことなのです。