【前回記事を読む】(憎悪の色とは、このようなものか)…火矢が次々とあびせかけられ、界隈随一の大店が炎上。大坂の空が紅蓮に染まっていく。
鼠たちのカクメイ
転
正午を過ぎた頃、格之助率いる大筒隊は今橋にある北風家分店の前に到着した。
「照準、北風家」
格之助の号令に、野次馬たちは鳴り物を止め道を開ける。
「射!」
木筒が火を噴く。屋敷の屋根が崩れ落ちる。大歓声が沸き起こる。ここまでは鴻池屋のときと変わらない。格之助自ら蔵の中に入って行った。ところが中にはわずかに小銭が散らばっているだけで、米俵はどこかに運び出されていた。格之助は絶句した。押しかけた百姓たちもその場に立ち尽くし、気まずい空気が流れ始める。
(獲物がない?)
同時刻、高麗橋の三井呉服店を襲撃する本隊にも同様の事が起きていた。平八郎の護衛を買って出たカイが蔵の中から落胆の声を上げる。
「ダメだ、先生! 米粒ひとつ残ってねえよ」
北風家の方は全ての貯蔵米を家慶に寄進したためだが、三井はじめ大坂に店を構える豪商たちは、朝方の鴻池屋の件を知って米や貴重品を運び去っていたのである。高まった気分に冷水を浴びせかけられたように、一党は静まり返った。これが最初のほころびだった。
「大塩先生。いかが致しましょう?」
塾生が心細げに問いかけ、一同の目が平八郎に注がれる。
「敵もさるもの引っ掻く者や。皆の者、うろたえるな。最終目標は大坂城や。城の蔵には一年分の米がたっぷり眠っとる」
気を取り直すように一党は気勢を上げた。「天誅、天誅」と。