「権現(徳川家康)様がエゲレスより取り寄せた、鍛鉄製のカルバリン砲にござる。喩えれば太刀と包丁くらいの差がありましょうな」
武器のことは門外漢の堀だが、専門家の言葉に大きく安堵した。
「おお。では、さっそく」
堀は、急かすように最前線への道を空ける。しかし坂本は、黙って堀の前に片手を差し出して言った。
「その前に、大坂城代の命令書を拝見」
「命令書?」
「わが隊は大坂城玉造口の管轄。奉行所の沙汰では動けませぬ。所定の要望書をまずは御城代にご提出くだされ」
「な」
「事と次第では江戸の裁定も仰がねばなりませぬ。その後、御城代よりわれわれ現場への命令が下されますゆえ、急がれた方がよろしいですよ」
これは土井の意を汲んだ茶番だった。まだだ。まだ出撃してはならない。第一に、叛乱軍の戦力がまだ落ちていない。第二に、ここまで事が大きくなったのは奉行所の怠慢からだ、という証左を文書に残しておかなければならない。坂本とその部下たちは、小休止とばかりにその場に座り込んで、携帯していた握り飯を頬張り始めた。堀の顔には落胆と焦燥が広がった。
(どいつもこいつも、侍なのか役人なのか)
大坂城の天守閣。早朝から土井は遠眼鏡を覗いて反乱軍を観察した。鴻池屋に向けた砲声が鳴り響いた時には子どものように胸を躍らせた。
「ほう。ほう。これは、なかなかやりおる」
いや、こうでなくてはならぬ。この泰平にかまけ腐りきった上っ面だけの侍のなんと多いことか。大塩は異常発生した戦国の武士だ。そしてこのわしもだ。
次回更新は5月10日(土)、11時の予定です。
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