事が起こっても大坂町奉行は、なすすべもなかった。東町の跡部は落馬による怪我の応急処置をしている。陣羽織に身を包んだ西町の堀も、ひとり責任を背負わされることになるのではないか戦々恐々としていた。
指揮官のはずのふたりがそうなのだから、ほか数十名の与力や同心、町方役人も奉行所に引っ込んでいるほかなかった。彼らの不安感を増幅するように、いまも遠くで砲声が響いている。町方が堀に告げる。
「お奉行様、援軍が到着しました」
おお、来てくれたか。ようやく堀が立ち上がった。奉行所の中庭に、架車に載せられたカルバリン砲が運び込まれてきた。大坂玉造口の砲術隊は精鋭と聞く。先頭には精悍で、頭も切れそうな男がついている。
「大坂玉造口定番与力・坂本絃之助俊貞にございます」
型通りの挨拶を終えて、堀は訊く。
「坂本殿。叛乱一党はいかような装備で事に及んでおるのか、おわかりでしょうか? うちの物見では大筒細筒の判別すらつきかねておるのです」
「もとより各々方門外漢では至難のわざでござろうな。さりとてわれらにかかれば、砲声を聞いただけで分析が可能でござる」
坂本はぞんざいに聞こえる大坂弁ではなく、江戸から来たお客様用の標準語で答えた。
「音だけで坂本殿はわかるのですか?」
頼もしげに見てくる堀たちの視線を受けながら、坂本は懐から覚書をとり出して読み上げた。
「ひとつは旧式の銅製五十目大砲、これはフランキ砲ですかな。そしていまひとつは百目ながら木筒でございますな。それぞれ二門、計四門というところですか。警戒すべきは銅製のフランキ砲ですが、今のところ発砲はしておりませぬ。おそらくは叛乱軍には使いこなせぬ、神輿同然のお飾りなのでありましょう」
「となれば、敵の主戦力は木筒ですか。よくもそんな古い武器が残っていたもの。して、坂本殿が扱うのは?」