「これはその前祝。後日、跡部様のお屋敷にお届けしとうおます」
樽には、有名な灘の酒造の熨斗が貼られていた。
「ふむ、金箔でも入っておるかな」
「さあ、金箔の方が酒より多いかもしれまへんな」
「ははは、それは豪気。で?」
何が知りたいのだ?と善右衛門を見やる。政商は使いの者を退げ、声を潜めた。
「廻し米の一件でおま」
「廻し米」とは、直轄領で余剰した米を江戸城内に回送させる事だ。跡部もまた、これは単なる独り言だ、と断ってから小声で呟く。
「うむ。年内には終わるであろうな」
「ほな、米の値段はまだまだ上がりますな」
「さあな。ただ急いだ方がいいぞ。同時に米の買い取りも規制するからな」
おや、買い取り規制までするのか。善右衛門は算盤を弾き直す。
(三倍、いや五、六倍いうところやな)
思わず顔がほころぶ。すでに五千俵ほどの買い占めは済んでいた。いやしかし、と善右衛門は考え直した。飢饉は来年には収まるだろう。では儲けるだけ儲けておかねばなるまい。
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次回更新は1月25日(土)、11時の予定です。
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