鼠たちのカクメイ

この頃の平八郎はすでに与力職を養子に継がせて、大坂市内で陽明学の私塾を開いていた。いま惨状を横目に進む馬の轡をとっているのが、その養子・格之助である。

「哀れや。ほんま胸が締め付けられるわ。のう、格之助」

格之助は大きく頷く。しかし、感傷に浸っているわけにはいくまい。格之助は義理の親子とはいえ、もはや誰よりも絆の深い平八郎にこう言った。

「父上。私は公務山積ですゆえ同席できませんが、くれぐれもお気をつけ下さい」

今日久方ぶりに馬を出したのも、東町奉行に赴き意見具申をするためだ。

「何をや?」

「東町奉行の跡部という男、今をときめく水野忠邦の実の弟やさかい、無駄に気位が高いんですわ」

跡部良弼の評判は聞いている。肥前唐津藩主水野忠光の六男で旗本・跡部家に養子入りしたが、実兄の忠邦の威光を借りて傲岸不遜で、周辺と諍いを起こすことたびたび。総じて悪評だが世渡りには長けており、駿府、堺の両町奉行を経て現在は大坂東町奉行に赴任したばかりだ。本人はいずれ城代か、あわよくば兄のように老中にまでなるつもりでいるのかもしれない。

「要するにへりくだって猫を撫でるように具申せい、いうことやろ。わかっとるわい」

格之助はしかし、気位の高さではこの人も負けていない。おかしなことにならねばいいが、と案じていた。