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やがて何かを見切ったように顔を逸らすと、彼女は椅子の向きを戻してすらりとした脚を組み直した。ほんのしばらく、そのまま通りに目をやっていたが、急に思い出し笑いをするかのように肩をひくつかせ、小さく声を漏らした。
「あなた、国境の寒村からきたって言ったわよね。枯れていくならまだいいわ。ここは聖堂がいくつもあるような、由緒(ゆいしょ)のある古い街だけど、今では腐った水を吸いあげて繁殖しているのよ。闇(やみ)が広がっているわ、夜の闇……」モニカ! ああ、モニカ……。
突然、洗濯機のブザーが鳴った。その音にニコはびくりと体を震わせて現実に引き戻された。カーシャが流すシャワーの音がまだ聞こえている。
いつまでやっている気だ。ニコはドラムの縁によじれて貼り付いた洗濯物を取り出し、部屋に張ったロープに引っかけていく。
―あれから、もう三年。
モニカに出会わなければよかったのか。彼女を知らずにいたら、俺は今でも平穏に暮らしていただろう。死ぬほど退屈な日々を、そうと感じることもなく。だが、生身を削るほどの痛みとひきかえに見た夢は、やっぱり……。
「お父ちゃん、タオル!」
湯気をあげたカーシャが戸口から素っ裸で叫んでいる。ニコはロープに干してあった大きなバスタオルを投げてやった。
洗濯物を干し終わったニコが、二人がけの小さなソファーのまん中に腰をおろし、家計簿代わりのノートに今日の収支をつけているところへカーシャがきた。くるりと体に巻き付けたバスタオルの端を右肩からさげて、まるで古代ギリシャ人のような恰好だ。彼は小さな子どもが父親の膝に潜りこむように、ニコの隣の細い隙間(すきま)に体をねじこんだ。