空に、祝ぎ歌
子どもがぽつんと、捨てられていた。
村が祭りにあふれかえっていた日のことでもあり、人々が気づいたのは、もう見物客がおおかた引き揚げたあとだった。子どもは泣きもわめきもせず、おとなしく鐘塔(しょうとう)の前に立っていた。
首からさげていたのは、荒々しく破り取った段ボール片に、どこかで拾ったような使い古しのビニール紐(ひも)を通した急ごしらえの札。そこにはたった一言「捨て子」と書き記されていた。子を捨てるにはそれなりの抜き差しならぬ事情があったのだろうが、その札には手放す子への慈(いつくし)みはおろか、親の未練も、ためらいすらも感じられなかった。
年は見たところ二、三歳か。錫(すず)の色をした髪がふんわりと耳を覆(おお)い隠し、菫色(すみれいろ)の大きな瞳があどけなく、掠(さら)われる心配はしても捨てようなどとは思うはずもないきれいな男の子だった。誰がどうしてこんな酷(むご)いことをしていったのだろうと、村は祭り以上の大騒ぎになった。
ところが親の姿を求めて泣くこともしない男の子は、その後もまるで人形のようで、何を問いかけても返事がなく、桃色の頬がぴくりと動くことさえもなかった。
―耳が聞こえないのだろうか。
人々がそう思いはじめたとき、塔の上から夕刻の鐘が鳴り渡った。すると男の子ははっと空を見あげ、嬉々として両手をかざしながら、カララーン、コロローンと鐘の音を口まねた。
耳も聞こえれば、ちゃんと喋ることもできる。そう安心したものの、男の子が反応したのはそれきりで、駐在が名前をたずねても若い女がやさしく話しかけても、男の子は何一つ答えず、相手の顔をまともに見つめ返すことすらしなかった。
困った。祭りは今年も無事に終わるはずだったのに、とんだことになったものだ。人々が頭を抱え、途方に暮れ、今夜のところは村で預かろうと相談しているときだった。
小さな声が一つこぼれた。もう一度言ってごらんと促すと、
「カーシャ」
耳をそばだてる人々に、男の子は消え入るような声でそう言った。