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「うわっ、重すぎる」
子どもたちは泥(どろ)の入ったバケツを草の上におろした。持ち手が取れたブリキのバケツはまだ頑丈だが、残った耳をつまんでさげると重くて指がちぎれそうだ。中にたっぷり仕込んだのは土手の土を溶いて作った特製の泥。欲張ればいいというものでもなかった。
二人はしぶしぶ草の上に中身を半分ほど捨てると、こぼさないように、音をたてないようにと気をつけながら、河原の草むらで無心にバッタを追いかける若い男の背後に近づいた。
そこで一旦バケツをおろした二人は顔を見合わせる。いよいよだ。くっとこみあげるものをこらえて呼吸を揃えると、今度はバケツの底に手をかけてよいしょっと高く持ちあげた。
「ほうらカーシャ、帽子(ぼうし)だぞ」
それがかけ声だった。けたたましい笑い声と同時に、二人は若い男の頭にすっぽりとバケツをかぶせると弾(はじ)けるように飛びのいた。
大成功だ。泥はあまり外には飛び散らず、頭の上でぐしゃっと潰れたような音をたてた。まさに狙ったとおりだった。
その頭が、バケツをかぶったままくるりとこちらを向いた。
「そんなのかぶったままで見えるもんか」
「こいつ、やっぱりすっげえ馬鹿(ばか)だ」
二人の子どもは互いにバケツを指差しながら身をよじり、腹を抱えた。
バケツの縁からはパンケーキの種ほどに溶かれた泥がぼたぼたと滴(したた)り落ちる。後ろはまだよくても、前に回れば胸からズボンまで見事に泥だらけだ。それでもかぶったままでいるバケツを、子どもたちはおどけてコンコンと小突(こづ)いた。
「脱いでみろよ、カーシャ」
中で彼の頭がどうなっているかがもう一つのお楽しみだ。子どもたちはご馳走(ちそう)のふたを開けるようにわくわくしながらバケツに手を伸ばした。
「こらーっ!」
その瞬間、遠くから聞こえた一喝(いっかつ)にその手がひくりと止まる。
「やばい! またユーリに見つかった」
次回更新は10月26日(土)、21時の予定です。