なでしこの里

ここは片田舎の山中の老人ホーム、撫子がきれいに咲き『なでしこの里』と呼ばれていた。

お米さんはもう長いこと、ここに暮らしている。今日もホールでのんびり本を読みながら、お茶を飲んでいた。

「大変だ、ここの老人ホームが倒産しちゃった!」

なじみのお千代婆ちゃんが、息せき切って入ってきた。

何事かとお米さんが、眼鏡を取って迎えると、「大変、大変、働いている人みんな出ていっちゃったよ」

お千代婆ちゃんは泣き顔で倒れこんじゃった。

ホールに老人ホームの住人がぞろぞろ入ってきてお米さんを囲む。

「これから、私たちどうなるのかしら」

みんな不安そうだ。夜になっても誰も帰ってこない。お腹がすいて困ったので、食堂に残っていたお釜のご飯をおにぎりにして、みんなで分け合って食べた。

「私たち身寄りのないものは、ここが最後の家と思って生活してきたからね」と出るのは愚痴ばかり。

次の日も誰も来ない。このままでは飢え死にしてしまう。ひき売りのおじさんも来週にならないと来ないし、どうしよう。

「下のスーパーまで買い出しに行けないかしら」

お米さんが言いだした。みんな顔を見合わせ、お米さんの言っていることができるのか、このままでは生きていけないし、困った。

「じゃあ、みんな有り金全部出して、売れそうなものがあったら、それもね」

お米さんは強引に言いきった。良い解決方法が見つからないみんなは、しぶしぶながら、お金や首飾りや時計、ブランド物のバッグやスカーフなど小物だけれど高額品を出してきて並べた。

「スーパーまでどうやって行くの、十キロはあるわよ」

「途中、家もあまりないし」

「歩くのは私たちには無理よ」

「配達してくれないかね」

「ネットスーパーとかなんとかいうの。インターネットで注文できるのでしょう。それなら楽なのに」

次々と疑問は出ても、これという解決策は見つからない。

「誰かパソコンできるって自慢していた人、いたんじゃなかった。やってみてよ」

「お春さんよ」

「そうそうお春さんだわ」

かわいそうにお春さんはパソコンの前に座らされて泣きそうになっている。

「あたし職員の人がやるのを見ていて覚えてしまったって言ったけど、うろ覚えよ」

でもパソコンのスイッチを入れて操作し始めた。

「無理、無理、無理」

お春さんは画面を見ながら悲鳴を上げ始めた。

「諦めない、諦めない」

お米さんは後ろから励まし続ける。でもインターネットが見られるまでには程遠そう。