第三章 焦燥
「随分と妙なことになったようでございますね」
バルタザールは、そんな巷の様子を聞いてきてカザルスに伝えた。
「怖い話や涙する話は庶民の大好物じゃ。仕方あるまい」
その昔、ギガロッシュに魔物が棲むだの、迷い込んで命尽きた者たちの死霊が差し招くだのと恐ろしげな恐怖伝説が数々生まれたように、今ではこのギガロッシュを巡る運命の物語は恰好の材料となって吟遊詩人たちに歌われはじめている。
別段何かを揶揄するものでも、ユリアを貶めるものでもなく、むしろ、領民の間に潜伏する形でいまだに燻(くすぶ)っていたギガロッシュへの嫌悪感や恐怖心を払拭する上で、非常に功を奏しているようにも思われた。
実際のところ、解放から四年の歳月が流れ、ヴァネッサの民の技や能力は領国に大きな恩恵をもたらしてはいた。
しかし、表向きは良好そうに見えても、裏に回れば彼らの技能に嫉妬する者、待遇を面白く思わぬ者もいる。
仮にそのような不満が増殖するようなことがあれば、アンリをはじめとして一度は諦めた周辺諸国も、ここぞとばかりにヴァネッサの民を狙ってくるだろう。領国の利益のためにも、またヴァネッサの民の幸福のためにも、彼らを分散させてはならない。
そのためには、彼らの受け入れ態勢を整える以上に、領民から生じる不満を鎮静することもカザルスの大きな課題だった。
それが今や図らずも、領民たちはヴァネッサの解放を奇跡の物語として持て囃(はや)し、彼ら村人を、あたかも運命の導きによって立ち戻った民のように認めはじめている。
カザルスにとってオージェで起きたこの不幸は心を痛めるものに違いなかったが、それでも領民と村人の自然な融合を図る上でこれほど都合のよい展開はなかった。
「さすがファラーと慕われる男だ。死してなお、村人の行方を救っていきおったわ」
カザルスの言葉にバルタザールもまったくだと頷いた。