「まったくです。失礼しました。つい同じ名前を聞いてしまったので……」ニコが体裁(ていさい)悪そうに詫びると、女はにっこりとうなずいた。
「カーシャって人を探しているの?」
「いや、カーシャは息子の名前なんです。娘さん、この街の人? だったら、鐘塔のある聖堂を知らないだろうか」
ニコは鐘の音を口まねで伝えた。ちょっと強引かと思ったが、誰かを呼び止めてたずねようと思っていたところだった。向こうから話を聞いてくれるとは願ったり叶ったりだ。それに何より、ニコはこの娘と言葉を交わしてみたかったのだ。
彼女が耳を傾けていると、
「モニカ!」
道の先で若い男がこちらに向かって叫んだ。何をしてる、早くこい! 口には出さなくても苛々とそう思っているのは明らかだ。
男の声に邪魔(じゃま)をされて、彼女は不服そうに顔をしかめた。
「お願い。もう一度聞かせて」
彼女は髪をかきあげて小さな耳をニコに向ける。白い耳たぶには血の色をした石が光っていた。そうしながら、彼女はもう一方の手で若い男を差し招く。
男はちぇっと舌打ちをすると、渋々こちらへ戻った。革のジャケットを着た背の高い男は、髪を短く刈っているせいか余計に長細く見えた。
【前回の記事を読む】「こいつはこの街にいたにちがいない」テレビで紹介された鐘の音…偶然か、それ以上か。どうしても確かめずにはいられなくなり…
次回更新は11月5日(火)、21時の予定です。