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道はとても細く、これはひょっとしたら個人の家へ続く私道に踏み入ってしまったかと引き返そうとしたとき、道の先から急に大勢の歓声があがった。声に誘われて向かってみると、道は不意に小さな広場ほどの中庭に抜けており、そこには異様な人だかりがあった。
男たちの背中が壁のように取り囲み中の様子はわからないが、台に乗っているのか首ひとつ上に抜けた男が妙な抑揚をつけた早口で何かまくしたてている。観衆から声があがる。
―競(せ)りか?
少し離れた場所に置かれた檻(おり)が目に入った。数は五つ。点々と距離を離して配置され、うち二つは空の檻だが、三つには何かがいる。ニコはそばに寄ってみた。
犬だ。土のような色をした、被毛がほとんどない大きな犬だ。顔が非常に大きくて、額にも首にも肉が盛りあがり深い皺(しわ)を刻んでいる。
がっちりとした体躯(たいく)、固い筋肉をしたいかにも恐ろしげな犬は吠(ほ)えることもなく、迷惑そうに檻の中に伏したまま、目だけはこちらを睨み付けていた。最初どうも犬とは別の獣のように思えたのは、口のまわりの肉が異常に腫れあがっていたからだ。
上顎の肉はめくれあがり、下顎の肉はべろんと垂れさがり、けしてこちらに向かってすごんでいるわけではないのに牙(きば)を剝いているかのように見えるのだ。
ああそうか。この犬は激しく疲労して、檻の外から眺める者に向かって唸(うな)るほどの戦意すら喪失しているのだ。よく見れば、顔にも背中にも歯の食いこんだような痕(あと)が点々と残っていた。
―闘犬(とうけん)か?
そういうものがあると話に聞いたことはあるが、はるか昔のことだ。今では法律でも禁じられているのではないだろうか。