謝辞

妻の命を守るためにご尽力頂いた皆様に感謝申し上げます。医療機関の皆様には特にお礼申し上げます。自傷行為者の介添人として私自身も入院させて頂いたことは、妻の励みになりました。心から感謝します。

私が疲弊した際、勤務先の社長には半年間、温かいメッセージを毎日欠かさず頂戴しました。この場をお借りして、会社の皆様全員にも感謝申し上げます。そして、何よりも、この本の最初の1ページを開いて頂いた皆様に感謝申し上げます。

この再生物語は、いつの日か何かの役に立つのではないかと思い書き始めました。途中からは同じように苦しむ誰かにお伝えして、何かのヒントになればよいな……と思い書き続けました。そのお陰で何とか私の心の乱れも防衛することができました。

この著書は私の目の前で起きた真実と、勤務先の代表に送信したメッセージから構成されています。感染症が蔓延しミサイルが飛ぶ時代。この著書に記載したような人生だけは歩んではいけない。そう感じて頂ければ幸いです(この著書におけるやり取りに関する部分は、敬語などを一切割愛しました。事前にお詫びします)。

はじめに

■2021年10月20日

妻は投身自殺を図った。この日から妻と介添人である私の闘傷生活が始まった。毎日が死と隣り合わせ。高熱と痛みに耐え続け、何度も死を覚悟したが、現在、妻は生きている。後遺症は頭の上から足先まで多岐にわたるが生きている。

24時間介添えのために当初は辞職を覚悟したが、勤め先の社長は全面的に支援して下さった。そのお陰で、私ども夫婦は今日まで歩んでこられた。

この記録は、日々の変化を報告しようと社長にメッセージを送信したところから始まった。私自身狂いそうな思いを制御するためでもあった。激務で疲労困憊の中、社長は温かいメッセージを24時間返信して下さった。そして、その記録は介添えのあり方を後刻振り返り改善するヒントになった。また、自分自身に対する戒めとした。

仕事にかこつけ家庭を顧みないことは絶対に良くない。自宅の私の机の下には、医師が緊急オペで裁断した当日の妻の衣服が残っている。真っ赤に染まった血痕は私にいつも何かを訴えている。