第一章

  • 1.自傷

■2021年10月19日

19時、妻は自宅の階段の手すりに義母の着物紐を結び、首を吊った。ネットで「楽に死ねる」と書いてあったから。でも、自宅階段の手すりは低い。実際は首にアザができただけ。

「アザが残ると日常生活には戻れない」、そう感じて慌てて死に場所を探し、闇夜に飛び出た。この段階で正常な判断はできなくなっていた。

一晩街をさまよい続けた。翌午前5時、毎週通っていたスーパーマーケットに程近い所で歩道橋にたどり着く。落下時に掃除される方が苦慮しないようにと、脳ミソの飛散防止用ビニールを頭からかぶる。

欄干から見下ろした時、真下は奈落の底。恐怖を少しでも軽減しようと後ろ向きに手すりに座る。「全てはこれで終わる」。背面から身を投じた。

そこは車道ではなく、たまたま歩道だった。コンクリート舗装の道に左前頭葉を叩きつけ気絶。その際に頭蓋骨骨折、左目の内側の骨を骨折、第1腰椎は圧迫骨折、左手は3カ所骨折。骨盤は仙骨・恥骨含む3カ所骨折、嗅覚と味覚消失。全ては一瞬の出来事だった。

左脚の痛みとしびれは一生涯残り、気脳症・排泄障害・尻の激痛他感覚障害・左脚の温冷感知機能含め、頭から足先まで全体で16カ所の致命傷を負った。

そこから巻き戻すこと12時間前。私の父の通夜には「どうしても自分一人で行きたい」と妻は自宅でダダをこねた。この段階で異変に気づくべきだった。しかし、父の通夜のことで私の心に余裕はなかった。結局、妻は通夜に現れず。私は動揺を隠せないまま弔問客に接した。

通夜が終わり、慌てて帰宅。私と次男の目に飛び込んだのは階段上部の手すりに結ばれた白い紐。一瞬息が止まった。しかし、妻はそこにはいない。

次男がまさかとパソコンの検索履歴を点検した。数カ月前の履歴に「自殺手法」というキーワードを見つけた。即座に警察に連絡。家宅捜索頂くも、妻は見当たらず。

警察官に無理を言って神社周辺を捜索したが見当たらない。長男次男も協力して探してくれたが、どうしても見つからない。その足で行方不明者として署に捜索願を出した。