あれから十五年、どこがどうちがっていたのか、こちらの言うことは概(おおむ)ね理解するものの、話す言葉はいまだ十分に発達していない。音感だけが鋭かった子は鐘つきの男の養子となり、親の手伝いをしながら、村のみんなに気にかけてもらいなんとか生きている。
「そんなんじゃ家にも連れて帰れないじゃないか」
泥だらけの頭を川の水で洗ってやりたいのだが、カーシャは川縁へいくのを怖がって草の上にしゃがみこんだ。
「大丈夫だ。お前一人なら怖いが、俺が一緒だ。溺(おぼ)れたりしないから安心しろ」
ユーリは諭(さと)してようやく水辺まで連れていったが、おかげで自分の服まで泥だらけになってしまった。
放り投げたバケツを拾って川の水を汲み、中に残った泥をすすいだ。そうしておいて、もう一度バケツに水を汲む。
「カーシャ、下を向いて首を突き出せ。そうしないと服までびしょ濡れになるぞ」
彼には噛(か)んでふくめるように、一から十まで言ってやらなければいけない。うなじのあたりにゆっくり水をかけると、カーシャは冷たさに一瞬身震いして両肩をすぼめた。水の落ちたところから透けるほど白いうなじが覗き、そこからまるで黒い幕を引き剝がすかのように色彩が広がっていく。髪の先から泥水が流れ落ちるにしたがって、より明るさを増していった。
「顔は手でこするんだ。目はつぶっていろよ」
言われたとおりにカーシャは両手で顔を洗う。仕上げにもう一杯水を汲んで頭の上からざあっと流すと、カーシャは悲鳴をあげて体を起こし、手で顔をぬぐった。水を浴びた犬のように首をふるものだから、びっしょり濡れた髪から水しぶきが八方に飛び散った。
【前回の記事を読む】たった一言「捨て子」と書かれた段ボール片を、首から下げた男の子。泣きもわめきもせず、何を問いかけても返事がなく…
次回更新は10月27日(日)、21時の予定です。