ユーリが、そっと目のあたりの泥をぬぐい取ると目蓋(まぶた)が現れた。さらに泥をかき取ると鼻や額が形になる。まるでカーシャの顔を泥から作り出しているようで、彫刻家になった気分だ。やがて髪がぴったり首に貼り付いているものの、目を閉じたままのカーシャの胸像のようなものができあがった。

「泥がぬるくて、気持ちよかった」

目を閉じたその粘土(ねんど)細工がぱっくりと口を割って喋ると、歯の白さと赤い舌の色がやけにくっきりと目立った。

「ぬるい?」

カーシャの感覚はいつも奇妙でユーリにはさっぱりわからない。取り合わずに川縁へ連れていこうとすると、それまでおとなしくしていたカーシャが足を踏ん張っていやがった。

立ちあがった彼はほっそりとしているが、ユーリとほとんど同じくらいの背丈がある。年はもう十八くらいになったのだろうか。祭りの日に捨てられた子は背格好だけは十分おとなになった。

本来なら、あんな十歳にも満たない子どもたちにからかわれる年ではないが、それがカーシャの身に負った難儀(なんぎ)なのだ。

当時、彼は自分の名前すら言えなかった。たった一言、カーシャとこぼしたのが果たして何を意味していたのかもわからないまま、それが彼の呼び名になった。

警察に届けて親探しもしたが、人出の多かった祭りの日のことでもあり、しかも当の子どもが何も喋らないとあっては捜索(そうさく)も対応も速やかにはいかなかった。

役所からは施設を探す間しばらく村で保護してくれと言われ、とりあえず鐘つきの男が預かった。それもこれも、ものを言わない子が鐘の音にはめずらしく敏感な反応を示したからだ。二か月近くも経ってようやく訪れた施設の人間もこれには驚き、結局、この村で育つのがこの子のためになるかもしれないという判断を下した。