叔父さんの住む家は、電車で三駅離れていて、急行の停まる駅だ。このときの俺は生まれた町を出て、都心の仕事を探すのが、まだ不安だったのだ。

生まれた町を一歩も出たことのない俺が、これからなにをやって生きたらいいのか、なにかひとことでもヒントをくれてもいいじゃないか。

部屋に戻り、昨日までは考えたこともなかった、前の住人がなにか手掛かりを残していないかと思いついて、探してみた。

押し入れの上下、取ってつけたような古びた靴箱の小さな棚、必死で探し回ったら、誰のものかわからない電話番号が書かれたメモを見つけた。

携帯電話を持っていなかった俺は、メモを握りしめ、持っている小銭を全部かき集めて、公衆電話に走った。藁にもすがる思いだった。

電話番号は携帯のものだった。

電話はすぐにはつながらず、それでも電話の先の相手がなにか知っているのではないか、甘い考えかもしれないが、もしかしたら今の状況から助け出してくれるのではないか、助けてくれと祈るような気持ちだった。

電話がつながらないので部屋へ戻り、少し経ってから、また電話をかけてみた。

相手の留守電に、「佐原工業をクビになった坂本といいます。とても困っているので、なんとか助けてもらえませんか?」と何度も入れてみた。

三十分置きぐらいに、部屋と公衆電話を行き来して六回目に電話はつながった。

不愛想な男が電話に出た。

「ふーん、おまえクビになったのか。そりゃ困っているだろうな。少しのあいだだったら、面倒見てやってもいいよ」

相手が親切そうでなかったから、よけい信用してしまったのだろう。

俺はとっさに言った。

「お願いします。どこに行ったらいいですか?」

「ああ、あと三時間したら迎えに行くから、荷物まとめて待っていろ」

電話は向こうから切れた。

【前回の記事を読む】母さんが死んで、一人で生きていかなければならなくなった。高校中退後、月6万円での生活。お墓も作れず母さんの骨と一緒に暮らした

次回更新は7月16日(火)、20時の予定です。

 

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