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坂本曜は、それから週に一度はわが家を訪れるようになった。相変わらずの人懐こい笑顔で、
「近くまで来たんですが、なにかお困りのことはありませんか?」
と微笑む。こちらがなにか頼まなければ済まない雰囲気に持ち込むのが、彼はとてもうまかった。心のどこかで警戒していたが、子どもが誰も寄りつかなくなった家の中には、壊れているところや、手が届かない場所、動かなくなった電気製品がいくつもあった。
私はこの坂本曜という青年が、時折見せる、どこか物悲しいような、影のある表情に惹かれていた。それに、なにより私も寂しかったのだろう。彼が来る日に一つずつ、家の中の不具合が直っていくのも、うれしかった。もともと夫も器用なほうではなかったので、恥ずかしかったが家のなかには不具合ならいくらでもあった。
「頼んでいいの? 悪いわねえ」
そう言うと、彼はこれ以上ないくらいの、うれしそうな顔をした。初めは一件一万円。でも気がついたら、一件三万円から五万円に料金が上がっていた。人が好いことに私は、彼が来る日に、お茶だけでなく夕食まで用意するようになった。夫の遺族年金と、自分の老齢年金、合わせればまだ随分と生活に余裕があると思っていたのだ。それでもさすがに、料金が高いと思って、ある日、
「もうこれ以上は、坂本くんを頼むのは無理だわ」
と言ったことがある。彼はふだんから見せる物悲しい表情を、より一層濃くして、本当に目に涙を光らせた。
「え? 僕こちらの仕事がなくなったら、給料出ないんです。今の会社以外に行くところないんです。もう生きていけなくなります」
涙を流しながら訴える様子を見て、私は悲しくなってしまった。私はつくづく、自分をバカだと思った。でも、どうしても彼を手放したくない。また一人の、何か月も誰も訪ねてこない、彼と会えない日常に戻りたくないという気持ちが強かった。彼を好ましいと思うよりも、今では情が移って彼はいつの間にか、息子以上の存在になっていた。あとから考えれば、私の言動は逆効果だったのだ。
次の来訪から、彼の要求が変わった。私が頼む家の用事はやってくれるのだが、必ず帰り際に金を無心するようになった。最初は、どうしても月の売り上げが足りないと言った。
「今月、あと二十万あれば、僕ノルマクリアなんですよ。あと二十万がどうしても、足りないんです。奥さん、なんでもしますから、お金貸してくれませんか?」