私は内心とても困ったことになったと思った。その頃にはすっかり彼を信用していたので、家の中のほとんどのことを彼に頼んでいた。彼に留守番を頼んで、買い物や病院通いまでしていた。本当に彼を信用し切っていた。いや違う、少なくとも私の感情は、異性に対する気持ちになっていたのだ。別れは突然やってきた。
ある朝、警察官が二人、家に来て坂本曜が逮捕されたという。捜査に協力してほしいと言われた。なんとなく予感がしていたので、言われたことには驚かなかった。家の中に入って、彼に直してもらった箇所、さまざまなことを手伝ってもらって、いくら支払ったか、細部に至るまで尋ねられた。最後のほうは警官はあきれ顔で、それでも内訳を聞き取った。
「奥さん、この二年あまりで三千万円近くになりますよ。こんなになるまで気がつかなかったんですか?」
私は知っていたけど、認めるのが怖かった。彼に会えなくなるのが、なによりも嫌だった。うまく説明できないけど、この二年間幸せだった。そう思っても、とてもそうは言えなかった。間もなく、警察から連絡を受けた息子が、慌てた様子でやってきた。そして激しく私を責め立てた。私のことが心配だったわけではなく、結果として盗られた三千万円が許せなかったのだ。
「お袋、ぼけたのか? まったく、こんな金額を騙し取られるなんて信じられない。そんなにぼけているんだったら、施設に入れるよ」
息子がこれほど強く私を責めたことはないので、反発しても無駄だと思って黙っていた。私は坂本に騙されたことより、彼の余罪があまりにたくさんあって驚いた。二十四歳頃から彼は、二百人以上の高齢者を騙していたと聞かされた。その被害が明るみに出なかったのは、高齢者が騙されたのを恥ずべきことと、黙ってしまっただけではない。坂本のことを可愛いと思ったからだと思う。
警察の話でも、坂本のことを悪く言う被害者はいなかったそうだ。ただ、手口がすべて同じだったということに、私の心情は複雑だった。私だけ特別ではなかったのね。坂本が高齢者から騙し取った金は、約七年間で約五億円もの金額で、一人数十万から百万円ぐらいがいちばん多いという。
今回の事件の被害額は、十年間で総額五十億円あまりと言われた。この騙し取ったお金は、なんでも便利センターの社長夫婦以下社員の生活費、特に社長の遊興費に消えたことを聞いた、この部分には腹が立った。
坂本には高齢者の懐に入り込む、特技のようなものが身についていた。警察官に強く被害届を提出するように言われて、渋々届を出したのが、私を含めて三十人だった。逮捕者は、社長夫婦と坂本を含めて二十人にのぼった。全社員の三分の二だった。こうなった今も、坂本にもう会えないことが信じられなかった。私は気持ちの整理ができるまで、認知症になったふりをしようか、否、このまま狂ってしまいたいと強く思った。