お嬢様の崩壊

まさか自分が四十歳を過ぎてもマイホームも持たない団地妻になっているとは、若いころには想像もしていなかった。

学生時代に教習所に通って車の免許を取ったときに想像していたのは、左ハンドルの高級車に乗って名門小学校に子供を送り迎えしている自分だった。

しかし現実は団地の駐車場に停まっているのは中型の国産車だし、娘も息子も近所の公立の学校に通っていた。一緒に教習所に通った友人は高級外車で名門小学校に子供を送り迎えしているというのに、自分はかなわなかった。

団地というものを初めて見たときは驚いた。都心から地下鉄で三十分弱の新しい駅を降りると、三十階建て以上の超高層マンションが林立しており、低層階の庭つきの分譲マンションもある。

この団地だけで何万世帯もの家族が住んでいて、団地内には区立の小学校が八校もあるのにはびっくり。

新築のマンションは小洒落た瀟洒(しょうしゃ)な建物で、入居の募集に夫は何度も応募して三回目でようやく五十倍もの倍率を突破して当選した。公園もたくさんあって緑が多い街はたびたびドラマのロケ地に使われた。

だが、家賃はそれなりに高かったのでやりくりは大変だった。子どもの習い事や付き合いが増えるにつれ家計は苦しくなった。

銀行勤めの夫は数年前から異常なほど残業が続いて精神を病んでいた。眠れなくなり、わけのわからないことをぶつぶつ言ったりして、真面目で無口だった彼はついに壊れた。

会社から電話があり、ご主人の様子がおかしいからしばらく休ませてくださいと言われた。それからというもの、電話が鳴るたびにどきっとして、お腹の中が逆流する感覚に襲われ、腹痛と下痢を繰り返すようになってしまった。

夫はしばらく休職して治療に専念した。今は復帰しているが、ぼんやりしていることが多い。いつまたおかしくなるのではないかと怖くてびくびくしている。もうすぐ夫が帰ってくると思うだけでお腹が痛くなるのだった。

娘は今年の四月に中学二年生になった。最近はほとんど家では口をきかない。家にいるときはいつも不機嫌だし、必要最低限の伝達事項以外は会話がなかった。