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唯ノ介
翌日から聡順は精力的に動き出した。まずあの部屋にいた全員に百合のことを固く口止めし、その後あちこちに他出している。手紙も何本かしたためた。そして十日ほどたったある日、百合は父に呼ばれた。何かお沙汰があるのを、毎日今か今かと待ち構えていた百合は、急いで父のもとに赴いた。
「うむ、来たか。そこに座りなさい。話がある」
「はい」
「先日、智直の実家に手紙を書いて、ある頼みごとをした。先方も快く引き受けて下されたので、いよいよ準備が整った」
内弟子の中でも一番若い木村智直は、聡順の母方の従兄にあたる木村智則の息子である。やはり医者の家系で、智則は富山藩でも少し離れた八尾という所で開業している。十五歳になる智直は、そこの長男で、いずれは父の跡を継ぐ身であるが、今は聡順が引き受けて、内弟子として修行している。
恐ろしく頭脳明晰だが、真面目に人の道を考えるなどという柄ではないと、わざと誇示しているようなところがあった。だが恐ろしく切れ者にありがちな、人を馬鹿にしたような傲慢さはこの男にはなかった。
どちらかといえば人生楽しく生きねば意味がないとでも思っているように見える。が聡太朗とは気が合うのか、よく一緒に勉学などしていた。小さい百合をからかって怒らせるのが無類の楽しみで、百合にとっては天敵であった。
「百合は明日、父と共に八尾の木村殿をお訪ねする。世間にはお前はそこで行儀見習いをするために数年預けられるということにしている。そして代わりに木村家で親戚から預かっていた唯ノ介という十歳の男の子を、内弟子として我が家で引き受けるということにして、連れて帰ってくる。だが実際は、女の子の格好をした百合を連れて行って、男の子の格好をした百合、つまり唯ノ介を連れて帰ってくるだけのことだ。つまりお前はそこで女の子から男の子に生まれ変わるということだ。分かるか」
「はい、でも木村家には実際には唯ノ介様というお方はいらっしゃらないのですか」
「いや、おらぬ。いてはまずかろう。だが木村家は子だくさんで、全部で六人も子供がいるし、内弟子やら預かっている子供やら、本当にごちゃごちゃいるのだ。総領の智直は跡継ぎとしてお届けしているが、後の連中は別に藩でもはっきり把握はしていないだろうし、一人減っても増えても、世間には分からないだろうと木村殿は言うておった」
「私が実際八尾のお家にいなくても大丈夫なのですか」
「うむ、その点は問題あるまい。だが、行きはどうでも、帰りはあまり目立たぬよう笠でもかぶって道中してくることだな」
「はい」
「さて、唯ノ介になってからのお前の暮らしだが、まず学問は兄と同じ雪斎先生の所に当分は通ってもらう。昨日父が雪斎先生に直接頼んできた。そこでの進み具合を見ながら、徐々にここでも医学や本草学の知識を学んでもらう。そして剣は、無論徳明館に通う。藤堂の稽古は厳しいぞ。音を上げるなよ」
「はい」