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八 風鈴
夏の暑さが本格化する頃、綾菜はまた激しく喀血した。
それまで少しずつでも良くなっていると信じていた百合には、大変な衝撃だった。それは小幡家の全ての人々にとって、辛く悲しい夏だった。
百合はせめてもの涼をと風鈴を買ってきて、綾菜の病室になっている離れの縁側に吊るした。だがその年の暑さは殊の外厳しく、風鈴もごくたまにちりんと申しわけのようになるだけであった。
綾菜の病との闘いはその頃から殆ど勝ち目のないものになっていった。労咳は大抵、数か月から数年かけて徐々に進行していくものだが、稀に急激に悪化するものがある。
この急性のものは、ほんの二、三か月であっという間に勝負が決まってしまうのである。二度目の喀血から、まるで夏の暑さに吸い取られるように、綾菜の元気はどんどん衰えていった。
食欲も日ごとに落ちて、夏の暑さが一段と激しくなった頃には、殆ど食べられなくなってしまった。透き通るように青白くなっていく顔色とは反対に、唇だけは妙に赤く、むしろ天女のように美しくなっていく姉を、百合は絶望に近い気持ちで毎日見つめていた。
綾菜の二度目の喀血から、百合は早起きして、毎朝朝餉の前に近所の裏山にある神社に、お百度を踏みに行くようになった。朝餉が終わると学問所と剣術の稽古に変わりばんこに出かけ、帰って来ると綾菜の所に行ってその日に仕入れた面白い話を一生懸命話すのだったが、前のようにはなかなか声を上げて笑ってくれなくなった。
時々楽しそうな笑顔は見せるのだが、それもだんだん弱々しくなっていく。漸く朝夕には少し涼しい風が吹くようになり、百合の吊るした風鈴もどうやら時々ちりんちりんと鳴るようになったある日、百合は徳明館での稽古を終えてとぼとぼと家路をたどっていた。
暗い気持ちで姉のことを考えていたので、木の陰から不意に健一郎が現れたのに、最初全く気付かなかった。
「健一郎先生、どうされたのですか、びっくりしました」
健一郎は、一途に思いつめた表情で訊ねた。
「綾菜さんの具合はどうなのですか。誰も教えてくれないのです」
百合は返答に窮した。追い詰められたような気がして、辺りを見回したが、健吾や聡太朗の姿はどこにも見当たらない。仕方なく俯いて黙っていると、健一郎は畳みかけるようにまた質問する。
「お願いだ、本当のことを教えてくれ」