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六 綾菜の思い
百合は家の中に入ると、渡り廊下を歩いて行き、姉の寝ている離れの部屋にそっと近づいた。障子の影から覗いてみると姉はしんと仰向けに寝ていたが、目は開けていた。
百合はそっと廊下から姉に話しかけた。
「姉上、お加減はいかがですか」
「まあ百合、来てくれたのね、嬉しいわ」
百合は部屋の中に入ろうとしたが、姉が急いで止めた。
「百合、部屋に入ってきてはいけません。この病気は移るかもしれませんから」
百合は慌てて足を止めた。
「姉上、昨日よりは大分顔色が良くなられましたね」
「今日はかなり気分が良いです。昨日はとても驚いてしまいましたが」
「父上のお薬はとても良く効きますから、きっとすぐ良くなられます」
「そうですね」
「健一郎さんがとてもご心配されているそうです。早く良くなって下さい」
「……今日父上にお願いして、健一郎さんとの婚約を取り消してもらうように、お頼みしました。ですからもうご心配にならなくても良いのです」
「姉上」
「この病気はたとえ良くなるにしても、とても時間がかかります。それでは健一郎さんにご迷惑をおかけしてしまいますから」
「姉上、健一郎さんのお気持ちはそのようなことではないです」
「分かっています。でもそれでは私の気持ちがすまないのです。今きっぱりお別れしてしまえば、健一郎さんも暫くしたらお気持ちは変わります。忘れることも出来ます。いつまでも良くなるかならないかとはらはらしながら待っているよりは、ずっと良いです」
気が付くと、姉ははらはらと涙をこぼしているのであった。百合は何も言えず、ただただ悲しかった。部屋の中に入ろうとして、またしても姉に止められた。