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六 綾菜の思い
翌日の朝、聡順は百合を伴って雪斎先生の学問所に行った。
「これが、先日お話し致しました、唯ノ介にございます。唯ノ介、ご挨拶しなさい」
「木村唯ノ介にございます。よろしゅうお願い致します」
百合は精一杯男っぽく挨拶した。
「ほう、これが唯ノ介か。なるほどしっかりしておるように見えるな」
「いやまだまだ子供でしてな。厳しくご指導下さい」
「ふむ、ちょうど唯ノ介と同じくらいの年頃の子が、二人入門したので、三人でまずは論語から始めようと思うておる。本は手に入るかな」
「はい」
「では、明日から通うてきなさい」
二人は雪斎先生の家を辞し、その足で剣の道場である徳明館に行った。道場では大勢の若者が竹刀を振って稽古をしていた。聡順は百合を伴い、健之助の立っている方に真っ直ぐ歩いて行った。
「健之助、ちょっと良いかな」
「おう聡順か、ちょっと待て」
そう言うと健之助は弟子に稽古をつけている健一郎に声をかけた。それから二人を伴って皆から離れた所に歩いて行き、振り向いた。
「今日から始めるのか」
健之助は余計なことは省いて、単刀直入に聞いた。
「いや、今日は挨拶だけさせに来た。唯ノ介、ご挨拶しなさい」
「木村唯ノ介にございます。よろしゅうお願い致します」
「うむ、しっかり精進せよ。いつから始める」
「はい、明日は雪斎先生の所に参りますので、明後日から始めようと思います」
「うむ、分かった。竹刀は聡太朗の小さい時のものがあるだろう。稽古着も、残っているか」
「うむ、あるだろう」
「まあ最初は、挨拶の仕方や足の運び方、それに素振りの仕方などが中心だから、徐々にそろえていけばよい」
「分かった。唯ノ介、ご挨拶は済んだので、先に帰っていなさい。私は少し藤堂先生と話があるのでな」
「はい、そう致します」
健之助は、手拭いで汗をぬぐっている健吾に声をかけた。