福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
地図
六 綾菜の思い
翌日の朝、聡順は百合を伴って雪斎先生の学問所に行った。
「これが、先日お話し致しました、唯ノ介にございます。唯ノ介、ご挨拶しなさい」
「木村唯ノ介にございます。よろしゅうお願い致します」
百合は精一杯男っぽく挨拶した。
「ほう、これが唯ノ介か。なるほどしっかりしておるように見えるな」
「いやまだまだ子供でしてな。厳しくご指導下さい」
「ふむ、ちょうど唯ノ介と同じくらいの年頃の子が、二人入門したので、三人でまずは論語から始めようと思うておる。本は手に入るかな」
「はい」
「では、明日から通うてきなさい」
二人は雪斎先生の家を辞し、その足で剣の道場である徳明館に行った。道場では大勢の若者が竹刀を振って稽古をしていた。聡順は百合を伴い、健之助の立っている方に真っ直ぐ歩いて行った。
「健之助、ちょっと良いかな」
「おう聡順か、ちょっと待て」
そう言うと健之助は弟子に稽古をつけている健一郎に声をかけた。それから二人を伴って皆から離れた所に歩いて行き、振り向いた。
「今日から始めるのか」
健之助は余計なことは省いて、単刀直入に聞いた。
「いや、今日は挨拶だけさせに来た。唯ノ介、ご挨拶しなさい」
「木村唯ノ介にございます。よろしゅうお願い致します」
「うむ、しっかり精進せよ。いつから始める」
「はい、明日は雪斎先生の所に参りますので、明後日から始めようと思います」
「うむ、分かった。竹刀は聡太朗の小さい時のものがあるだろう。稽古着も、残っているか」
「うむ、あるだろう」
「まあ最初は、挨拶の仕方や足の運び方、それに素振りの仕方などが中心だから、徐々にそろえていけばよい」
「分かった。唯ノ介、ご挨拶は済んだので、先に帰っていなさい。私は少し藤堂先生と話があるのでな」
「はい、そう致します」
健之助は、手拭いで汗をぬぐっている健吾に声をかけた。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。