徳明館とは、剣の道場で、小幡家のすぐ隣にある。百合もしょっちゅう聡太朗と小さい頃から遊びに行っているので、自分の家のような感覚であった。主の藤堂健之助は、聡順とはまさに竹馬の友で、若い頃は学問も剣も同門であった。子供は息子が二人、長男健一郎は十九歳、落ち着いたしっかりした好青年で、綾菜の許嫁である。次男が健吾で十四歳、真っすぐな気性と優しさを併せ持ったこちらも好青年だが、まだいささか子供っぽさが抜けない。聡太朗とは同い年で、剣も学問も同門の親友である。
「雪斎先生は私のことをご存じなのですか」
「いや、ただ唯ノ介という親戚筋の子供を引き取ることにしたので、学問を教えてやってくれと頼んできただけだ」
「それでは、もしも私が女の子だと分かってしまったら、先生はお怒りになるのではないでしょうか」
「そうかもしれぬ、それ故、ばれないようにしかと勉学せよ」
「はい父上」
珍しく緊張の面持ちの百合が、聡順は内心おかしかったが、顔はしかつめらしく厳しい表情を崩さなかった。実際には雪斎はかなり寛容で話の分かる人物なので、百合のことも包み隠さず話してあったのだが、少し百合を脅しておいた方が良かろうと判断したのであった。
「話はそれだけだ。明日は早いし遠くまで歩かなくてはならぬから、今日は早く休みなさい」
「はい、父上」
「それから、母上の所に行ってよく礼を言っておきなさい。最初にこのように計らって欲しいと頼んだのは、母上なのだからな」
「えっ」
「どうも、この家の女子共は、お前に甘くていかん」
百合は急いで母の所に行った。母は着物を畳紙から出しているところであった。小さい男物の着物だ。昔兄が着ていたのを、柄で覚えている。
「こちらへいらっしゃい、百合。明後日着る着物を縮めましたので、丈を見てみましょう」
百合は母の傍まで行き、母がその着物を百合の背中に当てるのを感じながら、
「母上、父上に頼んで下さり、ありがとうございました」
と唐突に言い出した。