私のほうがずっと人への思いやりがあって、あんな父のように、気に入らないとなると無視をする冷たい人間なんかじゃないと思っていた。それなのに、第三者から見ると所詮は親子、同じ人間に見えるのだ。

以来、自分も感情的になる前に、ちょっと一歩後ろに下がってよく考えたほうがよいと肝に銘じた。

年末が近づくと、酒屋は一年で一番のかき入れ時となる。蔵人(くらびと)らも入場して酒造りも本格化し、年末の需要に応えて出荷量も大いに増える。増えてくれなくては困る。

寒さも本格的になるので、父は退院したあと、しばらく東京にいる姉夫婦の家に厄介になることになった。東京なら温暖だし、二か月もすればこちらも春めいてくる。

父を迎えにきた姉の車と、病院の駐車場で待ち合わせる。

私と夫の車には、吟と醸も乗っていた。

退院手続きが終わった父は、病院の駐車場で初めて黒ラブの吟と対面した。「吟や、吟や、おうおう、いい犬だな」

犬好きな父にとっては、どれほど喜ばしいことであったか。

しばし黒ラブの頭やら顔やら、耳に背中にと、あらゆるところを撫で回して、名残惜しそうに車のウィンドウを上げた。

二か月後に帰ってきてからは、吟は父のベッドで一緒に寝ることになった。

吟が大きくなっても、父はベッドに斜めに寝て、吟のためにスペースを提供した。

まさか大きな黒い犬と寝起きをともにすることになるなど、思いもしなかっただろう。けれどもそれは、犬好きにとっては願ってもないことだった。

今思うと、親不孝も親孝行もいろいろしたが、私が父にした一番の親孝行は、吟と一緒に暮らす生活をもたらしたことだったかもしれない。

ラブラドール・レトリーバーは、常に人間のほうを向いて、人間に尽くして暮らす犬である。

次回更新は8月23日(日)、19時の予定です。

 

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