犬の役割

生後二か月ほどで我が家にやってきた吟(ギン)は、先住犬のミニダックスに、三日三晩いじめられながら、それに耐えた。 四日目から、兄犬が妥協してともに暮らすこととなった。吟は、兄のあとをとぼとぼついて歩く。兄犬も弟の世話を焼く、面倒見のよい兄貴という役割に落ち着いたようだ。

ちょうど吟がやってくる少し前に、八十一歳の父が小脳梗塞で倒れた。

母は友人たちと一泊二日のバス旅行に出かけて留守だった。私は東京のお得意さんへの挨拶回りで出張中。よりによってそんなときに、夫が一人であたふたしながらかかりつけの家庭医に来てもらい、指示にしたがって救急車を呼び、近隣の脳外科病院への入院手続きをしたという。

一緒に暮らしているとはいえ、保険証がどこにあって、下着やタオルがどこにしまってあるかは、男にはわからない。よりによって母も私も留守なので、夫はとんでもない破目に陥って、さんざんな目にあいながら何とか苦境を乗り切った。

私は電話をもらって、直近の特急列車に飛び乗った。

昼に病院へ駆けつけてみると、幸い命には別条ないとのこと。倒れたのが朝の八時半頃で、かかりつけの医者とともに近くの脳外科病院に十時には到着していた。その処置が幸いして、とりあえず治療入院ということになった。

長年お世話になっているかかりつけの老先生は、「婿さんは、なかなかよくやった」と、あとでお世辞抜きの評価をしてくれた。

そんな非常事態が起こったときに、黒ラブの吟が我が家にやってきたのだった。

ところが、大の犬好きの父は入院中。

が、かねてより決まっていたことなので、黒ラブの子犬がやってきた話をすると、会いたくてたまらなくなったらしい。

「確か旅行用の大きなボストンバッグがあるはずだ。それに入れて、こっそり病室まで連れてきてくれ」

「そんなこと、できるわけがないじゃない。犬を病室に入れたりしたら、病院から追い出されるわよ」

病気で倒れてから、父はとんでもないわがままを言うようになった。

日頃厳しく、思い込みの激しい父は、自分がこうと思ったことは決して曲げようとしない。私と意見が対立するとよく喧嘩をした。

私もある意味で、これと信じたことは譲りたくない性格だった。

それでもあまりに時代遅れなことを言う父より、自分の考えのほうが真っ当だと思っていた。

ところが、あるとき口喧嘩をしたあとで、夫が白けた顔をして、「お父さんそっくりだ」と言った。

ショックだった。

自分は絶対にあんなわからずやの、頭から湯気を出して怒るような人間ではない、と思っていた。