伊勢街道一帯を稼ぎ場とする盗賊の親方だ。盗みに入るのは多くても二、三年に一度ほど。誰も傷つけず、しばらくは誰も気づかない。
それを可能にするのが、口入れ屋という表の顔だ。奉公人を世話して情報を得る。もっとも、奉公人は情報とは思っていない。八兵衛は、ただただ親身になって話を聞いているだけなのだから。
城下以外にも三つの店がある。すべて独立した店であり、万十屋とのつながりはない。各店の二、三人だけが八兵衛の配下で、後はすべて堅気だ。万十屋も、八兵衛と伊兵以外は皆堅気だ。店の主人とした養子夫婦も八兵衛の裏の顔は知らない。
もし何かあった時に、他にかける迷惑は最小限にしたい。八兵衛だって、好きで盗賊になった訳じゃないのだ。
五年前に隠居して困ったのが仲間との連絡(つなぎ)だった。それまでは万十屋の自分の部屋で、客を装った仲間と会っていたが、隠居を機にその部屋は主人夫婦にゆずった。
隠居所に仲間が出入りすれば嫌でも目立つ。仲間にはなかなか色っぽい中年増もいるのだ。
「釣りはどうです?」
伊兵に言われて八兵衛が膝を打つ。
釣りをする年寄りに、通りすがりの釣り好きが話しかけても何の不思議もない。八兵衛も伊兵も伊賀の山村の生まれで、食の足しにするための釣りは子供の頃に散々やってきている。
それで鯉釣りを始めた。鯉釣りならずっと一カ所にいてもおかしくはない。一と五の日に出かけて仲間を待つ。仲間がこなくても、伊兵と二人であれやこれやを話していれば、半日くらいはすぐにたつ。
だから釣れなくてかまわない。鯉よりうまい魚は魚屋でいくらでも売っているのだ。
「あのぉ。釣りたいのですか? 釣りたくないのですか? ええ、もちろん、世の中にはですね」
それが、太平との出会いだった。
👉『花房藩釣り役 天下太平 五月の恋の吹きながし』連載記事一覧はこちら
【イチオシ記事】ホテルへ向かう車で何度も「まずいなあ、はまっちゃうよ」…選ぶ相手は既婚者ばかりだった。
【注目記事】58歳の誕生日、8時間の出張サービス利用で息子ほど年の離れたセラピストとホテルへ。1時間もしないうちにシャワーを浴び…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp