十二才の夏に褌(ふんどし)一丁となり、団子を握りしめて天賀家の池にとぷんと沈んだ。体が浮かぬように、手頃な石を網袋に詰めて首から下げている。太平、こんなところには抜かりがない。

全身をしっかりと沈めて、池底に腰を据える。そして、団子を握った手を目の前で開く。手の上の団子がほろりと解けた時に、「今だ!」とばかりに思いっ切り匂いを嗅(か)いだ。

途端に鼻から水が流れ込んできた。「あっ」と開いた口からも、水と団子のかけらが流れ込んでくる。団子の匂いを嗅ぐ。それだけの事だったから、こんな事態など思いもしなかった。あたふたじたばたしている内に尻は持ち上がったが、首にかけた重石のせいで頭はさらに沈んでいく。

頭とちんちんに猛烈な痛さを覚えながら、意識を失った。

釣雲は離れの縁側から、褌一丁の太平が、何かを大事そうに握りしめて池に入っていくのを見ていた。

「やるぜ、あのバカ」

実は釣雲も似た事を考え、似たような事をしかけた事がある。七つの時だった。そして、着物を脱ぎかけて気がついた。「あ、溺れる」釣雲が七つで気づいた事を、十二の太平は溺れるまで気がつかなかった。

池に入って、太平の髷と褌をつかんで引っ張り上げた。

「で、嗅げたか?」

太平が目を開けると、釣雲の茄子びのような顔が実に楽しそうにのぞき込んでいた。

「あ、師匠」

当時の太平はまだ釣雲の養子ではなく、釣りの弟子だったのだが、その話は後ほどたっぷりと。

「それが実に玄妙でありまして。ええ、確かにふわっと匂った気もするんですけど。ええ、その後があまりに慌ただしくてですね」

仕方ない、溺れていたのだから。

「はい、実に玄妙のところです」

玄妙、は太平のお気に入りの言葉の一つだが、意味するところは「良く分からない」それだけでしかない。

「太平、長生きしろや」

「はい、もちろんです」

まだまだ釣りたい魚も、食べたい料理も。

「ええ、海ほどありますから」

「思い出すなあ」

ご隠居の小さな目が、楽しそうに昔を見ている。

「へい、あん時もこんなでした」

伊兵の細い目も柔らかに緩んでいる。

ご隠居の名は八兵衛と言う。城下の口入れ屋、万十屋の隠居だが、もう一つの顔がある。

盗っ人だ。