【前回の記事を読む】軽くダイエットを提案しただけだった――母は、小3の長男を毎日マンションの8階まで階段で登下校させるように…しかも食事制限まで徹底し…

第二章 熟慮の決断

遅いイヤイヤ期

やるとなったら徹底的

彼はダイエットの効果があまり見えぬまま三年生も終わろうとしていた。そんな時にあの未曽有の大災害が起きた。

二〇一一年三月十一日午後二時四六分。

福島原子力発電所をも巻き込む、日本が経験したことのない大災害だった。

こばと治療教育センターが賃借していた安普請の三階建ての小さなビルは内壁と外壁の間が空洞になっていたが、幸運なことに倒壊も破損もなく全くの無傷だった。余震は収まり徐々に交通も回復してきた。

遠方から電車で通っていた子ども達は影響を受けたが、こばとは三月十五日から療育を再開し子ども達を迎え入れた。

療育を再開するとすぐに彼ら親子も元気な姿を見せた。彼らの住むマンションも大丈夫だったようで、無事を喜び合った。

療育時間が終了した後、彼を教室の外まで見送って行くと、お母さんがすぐそばまで迎えに来ていて、ついつい路上で災害の甚大さについて長い立ち話をしてしまった。

お母さんにとって千葉から職場に通うことさえ大変だろうに、仕事も子育てもパワフルにこなしている姿に、ただただ圧倒されるばかりだった。