プロローグ

皆さんは西湖十景をご存じだろうか。

中国春秋時代の美女に例えられ、松尾芭蕉が「奥の細道 松島の章」で絶景の代名詞として引用していた美しい湖「西湖」。

そこにある清らかで美しい一連の景観は「西湖十景」と呼ばれ、いにしえから連綿として人々の記憶に残り続けてきた。南宋の時代に山水画のテーマとして描かれていた十の場所。

これは、その西湖十景になぞらえて、家庭教師としての俺の人生の一幕と俺が見た生徒たちの人生の一幕の物語である。

第一景 恒星

俺の名前は清水恒星。

今は役者とアルバイトで生計を立てている。とは言え役者としての収入はほとんどない。

ほとんどないどころか、舞台のチケットを自分で買い取って、知り合い達に配るときだってある。

元々高校時代に映画好きの同級生が、鑑賞するだけでは飽き足らず、映画製作に興じていた時に、主役として演技をしたことから、俳優になりたいという想いが芽生えた。

大学に入ると演劇サークルに入ったものの、それには物足りなさを感じ、地下劇団に所属しながら、芸能プロダクションのオーディションを受けまくっていた。いや落ちまくっていた。

誰かが俺を認めてくれるまでは、とりあえずはつなぎということで、地下劇団で活動する。

高校時代のいい思い出が、俺を自信過剰にしていたことで、絶対俳優になれると思いあがった自信だけがいつまでも強かった。

オーディションにはことごとく落ちて、たったひとつの事務所だけが俺を拾ってくれた。

しかし、雑用半分テレビドラマの端役半分といった感じだ。

刑事ドラマ

たまにセリフ入りの役をもらうが、それだって刑事ドラマで、立ち入り禁止のテープの脇で「お疲れ様です」と言ってテープを上げているちょい役の奴に「ごくろうさん」といい現場に入っていく主役の脇といった役だ。

別の刑事ドラマに出たあるときなどは、他の出演者が、いたずら心から手錠を俺の手首にかけたことがあった。

ところが開錠するためのカギがない。ADに助けを求めたものの、予備のカギを持ち合わせていないとのこと。

チーフDに事情を説明したところ、こっぴどく叱られたこともある。当の出演者は、撮影スタートということで、その場を離れてしまった。

手錠をかけられたままの俺に当然のことながら出演機会はなく、そのまま電車に乗って制作会社まで行って、予備のカギをもらい開錠してもらった。

このときばかりは、電車内では乗客は遠巻きに俺をちらちらと盗み見するばかり。おかげで半径5メートルは、俺の貸し切り状態だった。