そして三年近く立ったある日の午後、現場での測量を終え、色々仕事道具を積み込んだライトバンに乗り込み、まだ午後の五時前だ、役所へ行くしかないか、と思い、カーラジオのFM を点けた瞬間、出だしのオーケストラが、一斉に頭の中で響き渡り、「かもめはかもめ」と始める中島みゆきの澄んだ声が、常時アルコールが抜けない脳髄に沁み込んだ。
私は、この三年間、音楽など落ち着いて聞いたことがなく、自分が忘れていた自分の中にまだ生きていた感性が、反応したのだろう。
曲が終わっても、私はしばらく、ハンドルに頭を乗せ、しばらく考え込んでいたが、自分に言い聞かせるように声を出してはっきり言った。
「もう、辞めよう。そうだ、人生は芸術だ」
いや、既に数か月前から、辞めることは決めていたのだが、常時、三つくらい現場を持っていて、それらの時期も期間もズレているので、一年中仕事の限がつかず、何より社長に言い出せないでいた。
「周囲がすべて納得する、いい時期を待っていたら、永久に辞められないな」
そう呟くと、ここであれこれ考えたら、また、すぐ一年くらい立ってしまうと思い、役所へ行かず、事務所に行ったら、折よく社長がいて、タイミングを計ることなく、すぐ、「もう辞めたい」とはっきり言った。
不意を突かれた社長は「あ、そうか」と言い、「よく考えたのか」と少しして続けた。
社長が私の勢いに気圧されているのが分かったので「はい」と大声で言うと、「わかった」と社長は言った。
「それじゃあ、これで今日は帰ります」とだけ言って、「馬鹿に簡単だったな、これならもっと早く言えば良かった」、と思いながら、そのまま県営住宅へ向かったのだった。
次回更新は6月29日(月)、11時の予定です。
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