たちまち給水場の時間が止まった。一様に口を開いた住民は、黄金色の後光すら煤けて見えるほどの透明な女性を直視した。そうだ、女性。そんな百の目に見つめられ、彼女は入り口で立ち竦んでいた。

しかし、Tシャツにジーンズという簡素な出で立ちで覆い隠しても、内から溢れ出す品と洗練された空気感は、ここの者がどんなに逆立ちをしても真似できない。

染み一つない肌、艶のある唇、どこをとってもその素顔は女としてのプライドがあった。それは間違いなく、本島の人間を表していた。

いや、本島の女性を知りはしない。でも、他に何がある?

彼女はようやく歩き出した。バケツを握り直し、俯いた顔を上げ、背筋を正して嫉視に耐えていた。一方で、男たちは我先にと色めき立った。しょぼくれた老人には生命が宿り、身体中に血が漲った。それに反して洗濯女たちの目には鬼気迫る嫉妬心が浮かんでいた。

痛快だった。あの女性は洗濯女たちが手を伸ばしても届かない場所にいる。現実を突きつけられるのがどんなに惨めで残酷か。所詮は同じ穴の狢(むじな)だと、思い知ればいい。

あたしの足どりは俄然、軽くなった。両手にバケツいっぱいの水を抱えていても、足場の悪い階段に噎(む)せても、あの女性の凛とした姿が力を与える。

新入りだろうか。どちらにせよここに高潔な人間がいる。その昂りは、生まれて初めて他人に近づきたいという欲求を与えた。

廊下にはまだ冷蔵庫と格闘している隣人がいた。大仰なマスクをつけ、ああでもないこうでもないとあくせくしている。

しかし、あたしの存在に気づいた途端、冷蔵庫から一度手を離し、軽快に会釈をしてみせた。

まさか、隣人として関わろうとしているのだろうか。それが余計なお世話だというのに。隣人とはいつか周囲を嗅ぎまわる犬に変貌するものだと、あたしは思っている。

とにかくここはやり過ごすことにした。隣人の存在などないかのように、扉の前に直行した。

それでも好奇心旺盛なマスクマンは鍵を探す手元まで注目している。何かしらの言葉をかけようと機会を狙っているのだろう。

いや、隙は見せない。絶対に。

 

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