【前回の記事を読む】「本島で野たれ死んだ方がいい」本島から隔離された島。本島で生きられない流れ者たちの終着点。それでも彼女は――
二 余所者
「助かります。どうぞ、よろしくお願いします」
横では深々とお辞儀をする母さん。こんな風に誰に対しても公平な態度は尊敬する。
でも、時々純粋すぎると思う。
「あんた、気をつけてよ」
すると、男の顔がたちまち醜悪に歪んだ。睨めつける視線は道化師から一転して、ドブ川の端に溜まったコールタールに似ていた。
「あんたみたいなタイプ。ここじゃあ〈悪〉ね」唇が器用に捲(めく)れ上がった。
「私が、ですか……?」
母さんは整えた眉を寄せ、唇を真一文字に結んだ。しかし、男は関係ないとばかりに、あっという間に身を翻してしまった。
「待って。〈悪〉って何ですか!」
おれは中央一番街に突入していくプリントシャツを追った。
「そのうち分かるね」
足元がぴしゃりと鳴った。ちょうど、薄闇の境目に片足を置いた時だった。
まさか、これが一番街。
おれは自分の目を疑った。棟と棟の間にできた僅かな隙間を通り道と称し、メインの人道として住民がひっきりなしにすれ違っている。無数の排水管を天井がわりにしているその上にはビニールシートが張られ、ささやかな陽光さえ遮っていた。
「場所によっちゃあ、傘が必要ね」ケケケと、男から明瞭な笑い声が漏れた。
それは目の錯覚であって欲しかった。ブルーシートの亀裂から滴る魔の水滴が、一滴また一滴と管を伝っては雨垂れている。そこから粘度の高い臭気が生まれ、おれたちの五感を泥水の中へと埋めていった。
「これ、何ですか……」
知ることすら恐ろしかった。でも、これは避けて通れない道だ。おれはひたすらそう言い聞かせ、腹を括って尋ねた。
「上層階の連中は、ごみを投げ捨てる習慣があるね」
ごみ……?
男の指が天を貫いた。それはビニールシートの裂け目を指し、そこから顔を覗かせている白いごみ袋を指していた。
「坊ちゃん、ちゃんと周りを見て覚えないと」
そんな余裕など微塵もなかった。目が慣れるほど正体を現したのは、シート上に堆積したごみ。信じられないことに水滴の源は、それらの狭間からだった。
拳で頭を殴られたような感覚に危うく意識が薄れそうだった。そのせいなのか中央に近づくにつれ色濃くなる漆黒にすら気づかなかった。
これが、ごみの城。
ケケケ。案内人は間違いなく楽しんでいた。移住者専門なのは絶望を味わう者の顔が見たいが為なのだろう。