【前回の記事を読む】厨房に入った途端、談笑していた常連の目が変わった。酔ったふりの下に潜む異様な視線に戦慄する
一 ごみの城
初めて仕事をしたのは十歳になったばかりの頃。選んだのはビンさんの補佐だった。彼の片腕となり生きた鶏をまな板で黙らせるには、子供でも十分に役立つはずだった。
でも、どうしてそんな血生臭い仕事を選択したのか、誰だって疑問に思うだろう。最期を予感するものの末路に興味を抱いただけなのか、その心情は思い出せない。ただ、現実は簡単ではなかったことは、皮膚の裏にまで焼きついている。
結局、あたしは上手くできなかった。根本に横たわる弱肉強食という鎖を受け入れられず、対峙することはおろか、その目を見ることすらできなかった。
ビンさんは子供だろうと容赦がなかった。使えない者は即、見限る。心の準備という生温い時間を与えず、自ら手本を見せ、そして急かす。
「押さえていろ」
そんな命令に応えるのが精一杯だった。今にも羽ばたきそうな胴体を無我夢中で押さえつけ、その躍動感に尻ごみをした。生物に触れたのはあれが初めてだったし、滑らかな羽と筋肉の微細な振動、そして、紛れもない呼吸は人間と同等の生物だと手の平で感じた。
そう認識した瞬間、歯の根が合わないほどの恐怖を抱いた。
「やめるか」
それはあまりにも素っ気ない審判だった。彼を失望させたのだろうか、それとも見下されたのだろうか。どちらにせよ、敗北感を抱いたまま、放り出されることの方が脅威だった。
「やる!」
全身で獲物を捕らえたのはあたしだった。一撃できるように。使える人間だと思われるように。
――トンッ。
という、軽妙な音がした。予想以上に冷然としていて、何が起きたのかまるで分からなかった。まな板の下に転がった赤土色の鶏冠(とさか)を見つけるまでは。
瞬く間に朽ちたそれは斑を帯び、嘴(くちばし)の色も褪せた。ビンさんは片手であたしを掴み、顔を背けること、一ミリも逃げることを許さなかった。まるで、現実を直視しろ。そう言っているように思えた。
あたしはただ凝視するしかなかった。艶めく筋肉の層。そこから滲み出す無念の雫。繊維を伝い、一滴一滴を慎重に解放しながら、まな板の上に真紅の溜まりを描く。だがそれも束の間、肉塊となった両脚が勢い良く痙攣した。
「生きてる……」
太い糸を断ち切られてもなお誇示する生命力。これが、生物の本能というものなのだ。
「生きてるよ!」
それに対抗するように、萎びた胴体を板へと押しつけた。
「いや、終わった」
彼の視線は嘆息を含んでいた。あたしを暖簾のように押しのけ、手際良く羽根を毟(むし)り始める。続いて腹を裂き、臓物を取り出し、バケツへと俊敏に分けていった。
「もたもたするな。全部いただくんだ。ありがたくな」
一呼吸をする間に、それはただの食物と化していた。漂うのは天にも昇る高揚感。
「やった!」
あたしは両手を上げて吠えた。説明のつかない勝利に酔いしれ、そして、その場を跳ね回った。
これが末路。生命の絶頂と終わり。その一部始終をこの手の平で感じた。同じ命を持つモノの……。
嘔吐していた。前のめりになった身体を、ビンさんの片腕が支えた。