「他の仕事を探せ」

口元に冷涼とした感触が伝わった。丸椅子で夢想していたあたしに、ビンさんが軟膏を塗ってくれたのだ。

「本島の連中はここの人間を物だと思ってやがる。わざわざここまで女を買いに来るやつに、まともな奴はいねえ」

彼の言う通り、あの悪魔に豹変した冴えない中年男は、皺のあるスーツを着て地味に近寄ってきた。額に脂汗を浮かべ、さも慣れない風を装って。

――生きる価値すらないメスがぁ!

「分かってる。説教はやめて。言っておくけど身体は売ってないから」

すると、矢のような舌打ちが飛んだ。

「似たようなことやってんだろ。開き直るな。何だ、その格好は」

上着の下はブラウスと格子柄の学生服だった。確かにベロアのリボンはやりすぎだし、純白のハイソックスを揶揄したい気持ちも分かる。でも、仕事に対して四の五の言われたくなかった。

「変態じじいはこの格好が好きなの」

「乳くせえ餓鬼のどこがいいんだ。おまえ、いつか殺られるぞ」

そう吐き出し、床にバケツの水を撒き散らした。

「とにかく、十七の小娘が顔を腫らして帰ってくるのは尋常じゃねぇ。金の為とはいえ、もっと上手くやれ」

彼の言い分は至極まともだった。だけど、あたしは知っている。ビンさんも本島にいた頃は無茶をしていたということを。その証拠に誰かが言っていた。片腕はお礼参りの貢物だと。

――これ以上、殴ったら躊躇(ためら)いもなく刺す。本気よ。あたし、人を刺したことがあるんだから!

心配しなくても護身用のナイフくらいは持っている。五年前、あたしの人生を覆したあの事件から、年中鞄の底に貼りつけていた。

――じょ、冗談だよ。ただの冗談、ね。僕にも君くらいの娘がいてね。はは。でも、オプションにはなかったかな。ははは。危ないから、ね、ね。お金、全部あげるから、ね。

もちろん、恐怖を感じなかった。二度と〈殺されるものか〉と、拳を胸に抱いたのだ。

 

👉『猫の十字架』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「私、初めてです。こんなに気持ちがいいって…」――彼の顔を見るのが恥ずかしい。顔が赤くなっているのが自分でも分かった

【注目記事】「奥さん、この二年あまりで三千万円近くになりますよ。こんなになるまで気がつかなかったんですか?」と警官に呆れられたが…