【前回の記事を読む】警察と漁師の捜索も虚しく…『夕食時に帰ってこなかった子供』が最後に目撃されたのは、海に身を投げた瞬間だった。

サイコ5――テレポート怪盗

その後、警察が海中を捜索しましたが、結局彼女を見つけることはできませんでした。小百合さんに連絡しましたが、『そうですか』と言ったっきりでした。死亡届も出されていないと思います。

私はあの時のことを思い出すたび、もう少しあの子のためにできることがあったのではないかといつも悔やんでいるんです」

松尾は目に涙を浮かべながら言った。古葉月渚がそんな最期を迎えていたなど、鍬下には初耳だった。どうせこのことも警察の記録からは抹消されていたのだろう。

しかし、賽子が古葉月渚だとすると、その後、彼女は何らかの方法で命を取り留め、今、河原賽子という別人に成りすましているのだろうか。

もしそうだとすると、彼女が神撰に拉致され工作員として訓練されたというのは作り話になる。一体何のためにそんな嘘をついたのか。鍬下はますます混乱していた。

「松尾さん、河原賽子という名前を聞いたことはありませんか?」

「河原賽子……そう言えば、どこかで聞いたような……」

松尾は頻りに首を捻っていたが思い出せそうにないようだった。

「すみません、ありがとうございました。ついでに観音岩に行ってみたいんですが」

「山道で2時間はかかりますよ」

鍬下は松尾に礼を言い、施設を辞去すると、険しい山道を登って観音岩を目指した。絶壁の間を縫うような時には垂直に近い急峻な細い山道をフィックスロープにすがりながら登っていくと、ようやく断崖の上に立つことができた。所々の岩の上にいくつもの観音像が祀られている。

彼は崖の上からおそるおそる遥か下方の海面を覗き込み、ぞっとしてすぐに身を引いた。夕闇の中、この険阻な断崖を一人と一匹で登って、暗い海面を覗き込んだ少女の心情はいかばかりだったろうと胸に迫る思いがした。漁港に戻った時は辺りはすっかり暗くなっていた。彼の携帯が鳴った。

「はい、鍬下です」

「先日お話ししました山口です。実はあれから多田のことで分かったことがありまして、直接お話ししたいと思うのですが、明日ご都合はいかがでしょうか?」

「分かりました。では明日」

鍬下は翌日東京へ戻り、山口が指定したカフェに向かった。人気店なのか、平日にもかかわらず客席はほぼ満席だった。

中央のテーブルでミルフィーユショコラをナイフとフォークで食べている巨漢の山口は不釣り合いに見え、やや滑稽味があった。鍬下が向かいの席に座ると彼はナイフとフォークを置いてナプキンで口の周りについたチョコレートを拭い取った。

「すみません。こういう人が多い店の方が逆に安心できるものですから」

「話したいことって?」

「それが……」

その時、鍬下の携帯が鳴ったので山口は話を止めた。

「どうぞ、お出になってください」

「すみません」

鍬下は席に座ったまま横を向いて電話に出た。