「っていうと、将来就きたい職業か?」
「うん、まぁ……そんなとこ」
「ほぉ、そりゃいいや。やりたいことを自由に選べるってのはそれだけで幸せなこった」
良三の時代には職業選択の自由などなかった。みな一様に国のために耐え忍んでいたからだ。
「で、若菜はどんな仕事がしたいんだ?」
「それが、その……」
どういうわけだか若菜の言葉尻が鈍くなった。考えてみれば先ほどから様子がおかしいが、思い当たる節がない良三は首を捻るばかりだ。そうこうしている内に住んでいるアパートが視界に入るところまで来ていた。
(こりゃあ重たそうな話だな)
その時、アパートの軒先から「おー、良ちゃん。今帰りか?」と年配の男性が手を振った。仲のいい住人の山城だ。
「なんだ、ヤマさんか。そのカッコ……仕事帰りか?」
ツナギ姿の山城の背にはヘルメットと防塵マスク、保護メガネ、溶接面がはみ出した小ぶりなリュックサックが見える。
「おうよ。今日は別の現場だったもんでな」
「よくやるなぁ。じん肺には気をつけろよぉ」
「ちゃんとマスク付けてっから大丈夫。それよか珍しいなぁ、若菜ちゃんと一緒なんて。散歩にでも行ってたんか?」
「おうよ。世界一可愛い孫娘とデートだ」
「ちょっと、おじいちゃん……」
冗談を言う良三の肩を「もう」と言いながら軽くたたく若菜は恥ずかしそうに山城へ頭を下げた。
次回更新は4月11日(土)、11時の予定です。
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