【前回記事を読む】「この子にこれ以上の辛酸を舐めさせてはならない」息子夫婦を事故で亡くした老人。“たった一人の孫”のために彼は……

Case:B 元・医者の選択

「分かった分かった。あんまり若菜に迷惑かけるなよ。お前なんかにはもったいないくらいイイ子なんだからな」

景浦がそう言うと若菜は照れたように頬を染め、それを隠すように俯き、さらにそれを誤魔化すようにもう一度頭を下げて良三を連れ帰った。

一九四五年(昭和二十年) 春 鹿児島県町

朝もや残る早朝の陸軍航空隊基地に整然と並べられたるは、出撃を今か今かと待ち、エンジンの爆音を轟かせる一式戦闘機・隼三型だ。

排気管から漏れ出る青い炎は日の出前の空の色と似通っており、どこか幻想的である。

翼下に抱えるは搭乗員もろとも敵艦を海の藻屑と変える必殺の二五〇キロ爆弾だ。

コックピットからエンジンの音を聞いて調子を確認するベテランの整備兵がひとつ大きくうなずくと、傍らに控えるあどけなさを残した青年の顔色が変わった。

数時間後、この機体と搭乗員はこの世から消える。分かってはいることだが徹夜で必死に整備した戦闘機が帰ってこないと自分の半身を裂かれたような気持ちになる。

しかし実際に操縦桿を握るパイロットの苦しみはそれとは比べものにならないのだ。

「おい、俺たちがそんな顔してどうする。シャンとせんか」

若い整備兵が浮かない顔をしていることに気が付いたのか、ベテラン整備兵が一喝しながら降りてきた。見ると、女子挺身隊や指揮官らに見送られた搭乗員がそれぞれの〝棺桶〟に向かっている最中だった。

「異常なし! ご武運を!」

搭乗員の男は何も言わず、黙って敬礼をすることで整備員に感謝の念を伝えた。