戦局は日を追うごとに悪化し、一九四四年六月のマリアナ沖海戦で日本海軍の空母機動部隊が、十月のレイテ沖海戦では連合艦隊が事実上の壊滅。
追い詰められた日本軍は航空機もろとも敵艦に突っ込む【神風特別攻撃隊】を編成し、以降の作戦は特攻を中心としたものとなっていった。黒沼は既に多くの仲間を見送った。
帽子を目いっぱい振り、「頼んだぞー!」とあらん限りの声を飛び立つ特攻機に捧げる。
そのせいで声帯がおかしくなった喉からは酒焼けしたようなハスキーな声しか出せなくなっていた。
整備とて大事な仕事だ。飛行機は整備しなければ安心して飛べない。
だが一度でも大空を自由に飛び回った経験が黒沼にどうしようもない無力感を与えてしまう。
悔しい。悔しくないはずがない。自分も敵と戦いたい。国に報いたい。家族を守りたい。
その想いが、既に必要なくなった空中勤務者用の装備品を捨てさせないでいた。
出撃前夜、どうしても寝付けなかった小隊長は米軍機の空襲の目くらましとして機体を隠している林へ散歩に行き、そこで使い込んだ飛行手袋で機体の胴体を撫でている黒沼を見た。
黒沼はまるで今からこの隼に乗り込まんと言わんばかりに航空頭巾と眼鏡まで装着しており――静かに泣いていた。
戦闘機乗りにとっての戦闘機とは侍の刀も同然。その刃を奪われた者の無念を知っているからこそ、小隊長は黒沼に頭巾と眼鏡、手袋の交換を持ち掛けたのだ。
「小隊長。やはり自分も連れて行ってください」
「馬鹿言うな。いくら隼が機動性に優れた軽戦だからってな、重たい二十五番(二五〇キロ爆弾)を抱いて貴様を胴体に押し込んだら飛ぶので精一杯だぞ」
「それでも構いません。どうか自分に死に場所を与えてください」
次回更新は4月4日(土)、11時の予定です。
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