【前回記事を読む】10年以上も前に執刀した高齢患者の親族から連絡が…患者は既に鬼籍に入っているはずなのに、長い期間を経て…

Case:B 元・医者の選択

だが自分も似たようなものだった。お互い、もう若くない。今さら死を恐れることなどないが、せめて若菜が医者になったところを見てみたいと柄にもなく思ってしまった。

「若菜には言うなよ」

「なんでだ?」

「当たり前だろう。もし俺が金を貸したとバレたら余計な気を遣わせるだけだ。俺は恩なんか着られたくない。これはアレだ。趣味みたいなもんだ。最近はクラウドファンディングってのが流行ってるだろ。それと同じだよ」

少しばかり苦しい言い分だったが下手に気を遣われたくないことだけは事実だ。もし明るみになってしまえば若菜になにかと遠慮させてしまい、距離ができてしまう。

「だからっていきなり俺が大金を用意しただなんて誰も信じてくれねぇって」

「競馬で一発当てたとか言いようはいくらでもあるだろ。お前、いつだったか宝塚記念で万馬券当てたことがあったじゃないか。あれ、家族には秘密にしてたんだろ?」

「いつの話してんだよ雄作。もう十年近く前だぞ」

「……そんなにか。年を取るとなんでもかんでもつい最近のことのように感じられるな」

「お互い、ジジイになっちまったもんなぁ」

視力は落ち、筋肉は衰え、物忘れが増え、膝をはじめとした節々が痛み、物事に対する好奇心が消え失せる。説教がちになり、そのくせできないことが増えて若者からは疎まれ、時代に取り残されていく。そして少ない年金で死ぬまで生活できるだろうかと不安になり、風邪ひとつでも死を身近に感じるようになる。

それが年を取るという、避けられぬ運命なのだと思っていた。

「良三。お前、長生きして良いことあったか?」

「どうした急に」

「いいから、答えてくれ」

「長生き、ねぇ。それを確かめるために長生きするんじゃねぇの?」