「十時」
「十時ぃ? 何月だと思ってんの? 十二月だよ? 凍死しちゃうって」
「なめんじゃねぇ。隼で高度六千メートルを飛んでた頃と比べりゃあったけぇくらいだよ」
「元気だねぇ」
「しっかしお前、勉強も大事だけどほどほどにしとけよー。体壊しちゃなんにもならねぇぞ」
「ううん、もうちょっと。テスト近いし」
そう言って若菜は頬を叩いて気合を入れた。しかしトロンとした眼差しは変わらない。
「どうした若菜。体調でも悪いんか?」
「んー、なんか頭がボーッとするかな」
「勉強のしすぎなんだよ」
「そうかなぁ。っていうかおじいちゃん。そのカッコ変じゃない?」
「あぁん? どこがだよ」
「その頭にかぶってるヤツと手袋、ちっとも暖かくなさそう。あとそのおっきなゴーグル? なにそれ?」
「バカ言え。これは航空頭巾と飛行手袋だ。ちゃんとあったけぇぞ。飛行眼鏡は風よけだ。今日は風が強いからな」
良三は防寒用具として小隊長の形見を身に着けており、耳から外したヘッドフォンのように飛行眼鏡を首にかけている。事情を知らない者からすれば、いや、知っている景浦でも奇異な恰好だと言うだろう。だが若菜は睡魔から判断力が鈍っているのか「んー、まぁなんでもいいや。早く帰ってきなよ。私はもう少し頑張るから」と言うばかり。
せっかくやる気があるのだからこれ以上邪魔をしては悪いと思いつつ、良三は妻のもとへ行って「なぁ千代。若菜が寝落ちてたら毛布でも掛けてやってくれねぇか」と言ってから家を出ることにした。
次回更新は5月16日(土)、11時の予定です。
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