今日、この隼で沖縄周辺の米機動部隊に特別攻撃を仕掛けるのはこの若い整備兵を可愛がってくれた小隊長だった。
機体に故障が多く、満足に飛べないことに苛立った別の搭乗員から気合を入れるという名目で足腰が立たなくなるまで痛めつけられていた時に庇ってくれたのもこの小隊長だった。
特攻隊員の母と慕われた女性が切り盛りする近所の食堂で何度も玉子丼を奢ってくれたのもこの小隊長だった。二十六歳。先週、待望の第一子が産まれたばかりの。
「小隊長……」
「喜べ」
「はっ?」
「コイツは何度もオイルを吹くし、エンジンの息継ぎは日常茶飯事な整備士泣かせの落ちこぼれだったからな。だがそんな軟弱者とも今日でお別れなんだ。だから喜べ」
「いえ、それは自分たちの整備が……」
「なに言っとる。貴様たちの努力は俺が一番知ってるんだ」
励ますように若い整備兵の肩を叩き、「だから貴様の分まで俺が飛ぶ」と言った小隊長の飛行手袋には若い整備兵の名前が記されている。
身に着けている飛行眼鏡と航空頭巾もこの整備兵の物だった。
「飛べなくなったからと言って腐るなよ、黒沼」
若き整備兵の名は黒沼良三。
元々は彼も搭乗員だったが訓練中の不時着事故で顔面を計器盤に強打し、後遺症で視力が大幅に落ちたことで搭乗員の道は断たれた。その後は整備兵として征く者を見送るばかりの日々となった。