【前回記事を読む】「今からお前に気合を注入する」満足に飛べない。故障が多いのはお前の責任だ、軟弱者め。小隊長は殴られる僕を見て…
Case:B 元・医者の選択
言い切る前に必死の思いで頭を下げると、その坊主頭に優しく拳が振り下ろされた。飛行手袋を脱いだ小隊長の手は温かく、郷里の母を想起させるものだった。
「貴様には貴様のやるべきことがある。俺の言っていることが分かる日がいつか必ず来るさ」
「自分のやるべきこと、でありますか」
「あぁ。だから元気で生きていけ。俺は一足先に靖国で待ってるがくれぐれも死に急ぐなよ。貴様は……そうだな、五十年ほど経ってから来い。お前に託した俺の頭巾と手袋、眼鏡はその時に返してもらう」
時間が押しているのか、それだけ言うと小隊長は身を翻してコックピットに乗り込んだ。「神州不滅を信じ、悠久の大義に生きよ」
そう言い残し、最後に敬礼をすることも忘れずに。続けてチョーク(車輪止め)外せの号令が掛かると、黒沼は条件反射で翼下のランディングギアに潜り込み、チョークを外した。すっかり体に染みついてしまった反応に、俺はもう搭乗員ではないのだな、と一抹の寂しさを覚える。
飛び立った小隊長機は別れを告げるようにひと際大きくバンクを振ってそのまま南の空へと消えていく。黒沼はただひたすら帽子を振り続けた。声なき声で哭き、腕がちぎれそうになっても。