【前回の記事を読む】「だったら早くそう言えよ」まるで私が悪いみたいな言い方をして帰っていった。年上部下ってだけでやりにくいのに…
訳アリな私でも、愛してくれますか
「ここで何してるんですか?」
「いや、そっちこそ、なんで……」
「トイレに行こうと思って」
礼が指差す方向は確かにトイレだが、そういう意味ではない。
「こういうときは気づいてても、スルーするのがスマートだと思わない?」
「別によくないですか? 知り合いなんだし」
「そっちこそ、気まずくないの? 私達との歓迎会を断って友達とダーツしてるところ、見られちゃうなんて」
「気まずくないですよ。俺はちゃんと予定があるって言ってありますもん」
(それはそうだけど……)
千春の『普通』は礼には通用しない。それをこの少ない期間で嫌というほど理解したつもりだが、いざそれを目の当たりにすると不思議で仕方ない。
「水瀬さん、もう帰るんですか?」
「うん」
「一杯飲みましょうよ」
気軽に誘ってくるところも、よくわからない。自分が部下だったら、上司には『飲みに連れて行ってください』とお願いしたものだ。
「別に話すこともないじゃない、あなたは仕事よりもプライベートのほうが大事みたいだし?」
(嫌味っぽかったな?)
言ってからすぐ後悔したが、相手は全く意に介さない様子である。
「どっちが大事とかないですよ。仕事とプライベートをわけてるだけです。別にどっちかを犠牲にしなきゃ生きられない時代でもないですし。優先順位は同じ。だから先約を優先したまでです」
(私なら、仕事を優先するけどな……)
そんなことを考えているすきに、目の前のイスを引いて『どうぞ』と座るよう促される。イスに座ると、すぐ隣の席に礼も腰掛けた。
「1杯だけ、一緒に飲んでください」
(まぁ、1杯くらいならいいか。これも部下とのコミュニケーションだと思えば)
相手のことがわからないと思ったら、腹を割って話せ。昔の上司は千春が同期や先輩と衝突するたび、そう言って飲みに連れて行ってくれた。千春は京弥からカードを受け取り、もう一度さっき飲みたりなかった白州を頼んだ。
「あの炎上騒ぎ、今はほとんどの人が納得してくれてるみたいだね……収めてくれてありがとう」
「あれは俺の得意分野だっただけです。入社前にSNSチェックした時、なんか危ういなって思ってたんで」
あれから礼の提言を採用し、SNSの炎上に対して謝罪をし、何がダメだったのか、なぜこういう投稿をするに至ったのか、そして今後はどうしていくのかを1つ1つ細かく文章にして掲載した。
最初は本当にこれでいいのかと冷や冷やしたが、真摯な対応にフォロワーたちは納得してくれたようだ。礼の提言を採用したのは、他にどう対応したらいいか誰もが模索中だったからだ。
もっと言えば、コンプラ部と岩下はここで余計な提案をしてさらに炎上したらどうしようという責任転嫁のつもりで礼の提言に賛成したようにも見える。
あの件以来、SNSの運用担当に礼を加えてよかったかもしれないという気にもなった。(岩下君は、どう思っているのかわからないけど)