【前回の記事を読む】会社帰りにバーへ寄ると、歓迎会を断った部下がダーツではしゃいでいた。気まずくて帰ろうとすると、向こうから近づいてきて…
訳アリな私でも、愛してくれますか
そんなことを考えている間にも、礼は自分のカードを京弥に手渡して支払いを済ませてくれる。
「そんないいのに。自分で払うよ」
「いや、俺が無理言って付き合わせたんで」
支払いを済ませるとドアを開けて先に通してくれる。
「京ちゃん、じゃあまた来るね」
「はいよ」
ビルのエレベーターで降りて、近くの大通りまでの道を歩く。時々通り過ぎていく車と街灯の明かりが目に眩しい。
「さっきの店員さんとは、仲がいいんですか?」
「え?」
「いや、さっき京ちゃんって言ってたじゃないですか」
「仲がいいっていうか、昔の同期なの。彼は30になるときに脱サラしてあそこを始めたんだけどね」
「うちの会社の人だったってことですか?」
「そう。一緒に営業仲間として街中駆けずり回ってたの」
「営業やってたんですか?」
「そうだよ。みーんな総合職の人はそう。まずとにかく営業をやれって。そこで根性鍛えられた感じかなぁ」
バブル崩壊後、就職氷河期と言われる時代もあったが、千春が就職をする頃にはかなり就職率も上がっていた。たくさんの新卒同期がいて、その中で同じ営業所に配属されたのが京弥だった。
「じゃあ随分長いこと友達なんですね」
「そうだよ。もうね、戦友って感じ。今日も足のここに血豆ができた、とか、今日は営業架電何件した、とかね。あれこれ競い合ってたのに、いつのまにか脱サラしてバーのオーナーになっちゃってた」
京弥は会社でも営業成績がよく、コミュニケーション能力も高かった。多くの大人に気に入られ、高額の商談もかなり成功させていた気がする。それでも30歳になったら脱サラしてバーをやるという夢のために、しっかり貯金をしてさっぱり未練もなく辞めてしまった。