にこりと笑いながら、手を振ってくれる姿が印象的だった。それに手を振り返して、タクシーが出発する。

(上司には普通『お疲れさまでした』でしょ……)

そんなことを内心思う。

(意外と、普通の男の子だったな。仕事のときは、変に気を遣ってるのかも)

プライベートで話す礼はどこかいつもと違って年齢相応の男の子に見えた。それも悪い気はしない。夜の街に目線を滑らせながら、千春はそんなことを思っていた。

くるみが笹川と待ち合わせをしたのは、いつもランチをする公園から少し歩いたところにある小さな洋食店だった。

お店に入るとすぐに店員が案内してくれ、席で待っていた笹川が小さく手を振ってくれる。

「笹川さん! お待たせしてすみません!」

「いえ、全然待っていません、さっき来たばかりですから」

イスに腰をおろし、笹川と向かい合う。

「あの日は傘に入れていただき、本当にありがとうございました」

「いえいえ、そんな」

「くるみさんのおかげで、学生の提出物は少しも濡れずに学生に返すことが出来ました」

「それはよかったです」

話をしながら、近くにおいてあるグラスの水に口をつける。いつもはベンチで隣り合って話しているから、こうして向かい合いながら話をするのは初めてかも知れない。そのせいで、妙に気恥ずかしい。

「なんだか緊張してしまうのは……今日はお互い向かい合って、顔が見える状態だからですかね」

「あ、私も今同じことを考えていました。なんだか、気恥ずかしいですよね……」

「ええ。とりあえず、注文を済ませましょうか」

「はい」

次回更新は12月18日(木)、11時の予定です。

 

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