第四章 サンタクロースが桜木家に
一
暮れも押し迫った土曜の昼下がり。博多の目抜き通りにはジングルベルの音楽が流れ、天神から新天町は人の波で賑わっていた。
列車から吐き出された寺坂謙志郎は、生傷がくっきり残った顔を隠そうともせず、疲れた足を引きずるようにして、スーパーマーケットへ入った。店内を見回し菓子売り場で足を止め、素早くチョコレートの箱を外套(がいとう)のポケットに……。
だがどうしたことか、彼はポケットから箱を取り出し、元の位置に返すと素早くその場を離れ、スーパーを後にした。ポケットには一銭も残っていなかった。さらに昨夜から彼の胃の腑(ふ)にも何も入っていなかった。
彼はふらふらと人波を歩いてはいたが、なぜか目には輝きがなく、命ある者とは思えない雰囲気だった。だが、彼は数メートル先をほろ酔い気分で歩いて行く男の後を付けはじめた。
「よし、やるならあいつだ。昼間から酒でもくらっているようじゃ、どうせろくな者ではないだろう。社会のごみ掃除だ」
やや早足でそっと千鳥足の男に近付くと、外套(がいとう)の右ポケットに手を入れた。何やら取り出すと男の首筋目がけ、振り下ろそうとした。
その瞬間、どん。不意に背後から当て身をくらった謙志郎は、あっけなくその場に転がった。すると何やら光る物がチャリンと小さな音を立てて地面に落ちた。背後の男が素早くそれを拾い上げた。
「立て。ついてくるんだ」
男は初老ではあったが、目には有無を言わせない鋭さがあった。観念した謙志郎は立ち上がり、初老の男の後へ続いた。
「一体俺をどうする気だ。ことによっては殺されるかも知れない。こんな所で俺は死ぬのだろうか」
そんなことが頭をよぎったものの、その先を考えるだけのエネルギーはもう残っていなかった。先を歩いていた男はちらちら謙志郎に目をやるものの、無言で歩いた。
やがて男はラーメン屋の前で立ち止まり、謙志郎に入るよう目で指示した。彼は言われるままに店に入ると男もついて入った。
次回更新は8月25日(月)、21時の予定です。
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